IDでもっと便利に新規取得

ログイン

香川真司「心が震えるか、否か。」
中村憲剛の衝撃、槙野智章が知る一面
盟友が語る香川真司との思い出

アプリ限定

第9回

2015年夏、香川真司擁するドルトムントは川崎フロンターレと対戦。中村憲剛(左)は衝撃を受けたという
2015年夏、香川真司擁するドルトムントは川崎フロンターレと対戦。中村憲剛(左)は衝撃を受けたという【Photo by Alexandre Simoes/Borussia Dortmund via Getty Images】

 書籍未収録の原稿を本邦初公開。中村憲剛、槙野智章の2人が教えてくれた香川真司との思い出、エピソードをお届けする。


中村憲剛が忘れられない試合


 2015年7月7日、アジアツアーで日本に来ていたドルトムントと川崎フロンターレは親善試合を戦いました。僕らが0-6で敗れた試合です。あのとき、サッカー人生のなかでもトップ3に入るくらいの衝撃を受けました。


 僕はケガから復帰したばかりだったので45分間しかプレーしていなかったですが、仮に90分フルで出られたとしても、あの流れを変えることは出来なかったでしょうね。それくらいの差がありましたし、やろうとしているサッカーの質が違いました。


 トゥヘル監督が就任してまもないプレシーズンの時期なのに、こんなレベルのサッカーをするのかと驚きました。それが衝撃的だったわけですけど、あることを感じました。


 あのときのドルトムントには中心選手であるロイス以外に、ギュンドアン、ムヒタリアン、オーバメヤンもいましたよね。そのあとに他のクラブでも活躍することになる、超一流の選手が真司の周りにいました。その選手たちがお互いに、活かしたり、活かされたりしている。

 真司は頭が良いし、クイックネスもあるから、超一流のなかで自分の力を100%以上に引き出してもらう術をわかっている。上手い選手の中にはいって、自分の良さを引き出してもらい、伸び伸びとやっていく能力がありますからね。あの試合でも2点決めていましたし。


 そういう選手のレベルがあり、練習や試合を一緒にやる時間が長いからこそ作られるクラブチームならではの連携もあるわけです。


 衝撃を受けたと同時に、あのレベルで普段からやっているからこそ、日本代表にいるときの葛藤が真司にはあるのだろうなと想像できました。代表に帰ってきて、短い時間でチームを引っ張れ、自分の良さを出せ、と求められても、大変だろうなと。


 こうやって僕が語ると、「日本代表とか日本のサッカーのレベルが低いと言いたいのか?」と思われるかもしれませんが、違います。そうではないです。

ミムラユウスケ

金子達仁氏のホームページで募集されていた、ドイツW杯の開幕前と大会期間中にヨーロッパをキャンピングカーで周る旅の運転手に応募し、合格。帰国後に金子氏・戸塚啓氏・木崎伸也氏が取り組んだ「敗因と」(光文社刊)の制作の手伝いのかたわら、2006年ライターとして活動をスタートした。そして2009年より再びドイツへ。Twitter ID:yusukeMimura

おすすめ記事(スポーツナビDo)

記事一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント