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香川真司「心が震えるか、否か。」
香川真司、勝つための誓い
ロシアW杯出場を決めた日に何を考えたか

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第6回

日本はオーストラリアを破り、ロシアW杯出場を決めた。出番のなかった香川真司は何を思ったか……
日本はオーストラリアを破り、ロシアW杯出場を決めた。出番のなかった香川真司は何を思ったか……【Photo by D.Nakashima/AFLO】

 都内にある老舗のそば屋の店内。その奥には個室が設けられていた。


 掘りごたつ式の席に座った香川真司が注文したのは、「うどん」だった。うどんとセットになった天ぷらがそろうと、宣言した。


「ホンマに、相当な覚悟が必要だよ。このままではロシアW杯で、オレはベンチに座っているだけの可能性も十分にある。でも、個人としても、チームとしても、最後には『良かったな』と思えるW杯にしたいんだ!」


 2017年の9月2日の昼過ぎ、日本代表が6大会連続となるW杯出場を決めた2日後のことだった。

 日本代表は9月1日の午前中にさいたま市内で練習をしたあと、深夜に、W杯予選の最終戦となるアウェーでのサウジアラビア戦へチャーター機で向かっていた。


 香川はこの飛行機には乗っていない。1日の練習のあと、ホテルに戻ってから、ハリルホジッチ監督のもとを訪ねていた。


「監督も知っての通り、90分間不安なくプレーできる状態にありません。チームのためになりたくても、やれることは限られています。だから、ここで一度、チームを離れさせてほしいです。また来月以降、チームを助けられるように最善の準備をしたいから」


 このころは、機内で眠るときにも、6月に脱臼した左肩が身体に押しつぶされないように気を使っている状態だった。サウジアラビアまでの長距離フライトを経て、試合が終わってからドイツまで再び長距離フライト。短期間に2回の長時間の移動にはリスクもある。


 自ら離脱を申し出てしまえば、監督からの心証が悪くなるのではないか。周囲からは心配する声があった。


 香川も、その“リスク”についてはもちろん考えていた。


 一方で、監督が肩の怪我の状態を気にかけてくれていることが合宿中から強く感じられたから、自分の話に聞く耳を持ってくれるような気がしていた。


 それに、W杯出場が決まり、サウジアラビア戦はチームの未来に影響を及ぼすような試合でもなかった。


 監督の腹の内はわからなかったが、チームを離れることは意外なほどあっさり許された。日本に残って診察を受けたうえで、ドルトムントの練習が再開する前日にあたる9月4日に戻ることになった。

香川真司
香川真司

1989年3月17日生まれ。兵庫県出身。中学入学と同時に宮城県へサッカー留学し、FCみやぎのジュニアユースに所属。高校2年生でセレッソ大阪に加入、J2得点王に輝くなどクラブのJ1昇格の原動力となる。2010年、ドイツのボルシア・ドルトムントに移籍すると中心選手として活躍し、9期ぶりのブンデスリーガ制覇やクラブ史上初となる国内2 冠に大きく貢献。2012年にイングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドに移籍してリーグ優勝を経験。その後、ドルトムント、トルコのベシクタシュJK、スペイン2部リーグのレアル・サラゴサを経て、ギリシャのPAOKテッサロニキに所属。日本代表には平成生まれの選手として初めて選出され、背番号10を背負い、2014年ブラジルW杯、2018年ロシアW杯に出場。日本代表97キャップ、通算31ゴール。

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