
- 香川真司
- 2021年4月2日(金) 10:30

人生のあらゆるシーンで、「選択」を求められるのは、サッカー選手も、社会人も、学生も一緒だと思う。その多くは正解なんて存在しない。
僕が小さいころからプロ選手を志して、日本代表になって、海外で約10シーズンを過ごすことができているのは、小学6年生のときの「選択」によるものだと思っている。
神戸に住んでいた僕は、仙台にある街クラブの練習に心を奪われた。
「僕もここでやりたい!」
そう思った。まるで「練習帰りにアイスが食べたい!」というくらい、あたかも現実的なことのように僕は両親に主張した。「遠いし、無理やろうなぁ」と、一般常識を前に希望を飲み込むことなく、意見を伝えた。そして、その意思を貫かせてもらった。
海外移籍を検討していた20歳のころ、ドルトムントのスタジアムに行った。8万人入るというスタジアムの熱気と、ヨーロッパ特有の寒さに身を震わせながら、僕はこの試合を見た。
そして、感じた。「できる、通用する、やれる、やりたい」と。
ある年は、ドルトムントからマンチェスターに飛行機で飛んだ。
名将ファーガソンはタキシード姿で僕を迎えてくれて、そして、ホワイトボードのトップ下に「Kagawa」と書き込んで僕への期待を表現してくれた。
よく、「選択」をする際にいわれることとして、タイミングが重要だ、とか、より困難な道を選ぶべきだ、というものが多いように感じる。
それはなんとなくは理解できる。でも、僕の場合はちょっと違う。
自分の「心が震えるか、震えないか」。
それが判断基準なんだ。
「ワクワク」という表現でもいいのだけれど、「武者震いする」という方が近いかもしれない。
仙台の街クラブの練習を見て、心が震えた。
ドルトムントの試合を見て、このスタジアムの熱気に包まれたいと思った。
ファーガソンのおもてなしは、粋に感じて、心につき刺さった。
僕が本を出すにあたり、主に2つのことは伝えられると考えている。
ひとつは、先に書いた「心が震えるか、震えないか」によって様々な「選択」をすることにより、後悔をしないでほしいということ。
もうひとつは、そうはいっても、一方で僕は数多くの失敗をしてきたし、後悔することもたくさんある。でも、そうした苦い経験があったから、色々なことを考えられるようになったし、歯を食いしばって頑張り続けることができた、ということだ。
いつも僕のことを見続けてくれた、スポーツライターのミムラユウスケさんの力を借りて、一冊の本にまとめました。客観的に見てくれたミムラさんのおかげで、重層的かつ資料性もある本に仕上がったと自負しています。かなり分厚く、文字数も多いのだけれど、僕のサッカー人生の追体験を楽しんでもらえれば幸いです。