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紀平梨花「何もかも追い込まなくては…」
日本女子が世界選手権で味わった悔しさ

それでも日本勢は北京五輪出場枠「3」を獲得

総合19位の宮原は「技術的には話にならない内容だった」と総括した
総合19位の宮原は「技術的には話にならない内容だった」と総括した【写真は共同】

 ロシア旋風が吹き荒れる中でも、日本女子は大切な使命を果たした。「上位選手2名の順位合計が13以内」という条件をぎりぎりで満たし、北京五輪で最大の出場枠「3」を勝ち取ったのだ。


 世界でも指折りの表現力を持つ平昌五輪4位の宮原知子は、ショートで陥ったジャンプの不調からフリーでも抜け出せず、19位に終わった。「技術的には難しいというか、もう話にならないぐらいの内容だった」と自らを厳しく評価しながらも、「精神的にはすごく自分と向き合えて、ショートに比べて冷静に滑れた」と収穫も得た。


 平昌五輪代表である坂本花織は6位に入り、平昌五輪では「2」だった出場枠の上積みに貢献。「100%ではなかったんですが、出し切ったのは出し切りました」と振り返っている。


「滑っている時は“3枠”と考えるより、『自分がやるべきことをしっかりやらないといけない』というのが最優先というか、それしか考えていなかった。自分の演技をやってこその結果なので『とりあえず、今自分ができることをしっかりやろう』と思って、ショートもフリーもやりました」


 確かに今大会の坂本の滑りは、ショート・フリーの両方で会心の演技を見せたNHK杯ほど完璧ではなかったかもしれない。だが、低迷した昨季からの復調の鍵となった、トリプルアクセルや4回転といった大技に無理して挑まず、持ち味である幅と高さのある3回転ジャンプを確実に決めて加点を得る戦い方を貫いたことが、出場枠「3」の獲得につながった。

北京での喜びへつなげるために

6位に入った坂本は、昨季の不振から脱却し、浮上のきっかけを見せるシーズンとなった
6位に入った坂本は、昨季の不振から脱却し、浮上のきっかけを見せるシーズンとなった【写真は共同】

 一方坂本は、この世界選手権で、小さなほころびも許されないことを思い知ったという。


「ショートとフリーでルッツの(エッジ)エラーがついてしまったことで、今まで以上に(ジャンプの基礎点の)70%がどれだけ引かれるかを本当に痛感したので、『しっかり修正しないといけないな』と一番感じました。


 本当にいい経験になった試合だったので、ショート(のジャンプ構成)を今後どうしていこうか『もう一回考え直さないと』と思ったし、そもそもルッツをしっかり跳べばいい話なので。改めて、ルッツをもう一回見直して、やり直していきたいなと思っています」


 また紀平も、不本意な滑りに終わったフリー後、冷静に失敗の原因を分析している。


「全て、どの試合でも余裕でできるような状態にしておきたいなと思いました。ぎりぎりのラインを練習して試合で合わせると、こういうことが起こってしまうので……。もっと難しい構成で練習して、本番で少し抑えるということができるくらいの完成形にしなくてはいけなかったな、と反省しています」


 来年に控えた北京五輪の大舞台に向けて、「まず(ジャンプの)構成も上げていける余裕を持っていきたい」と紀平は言う。


「今よりもっと難しい構成で練習して、本番になって少し下げても自己ベストを更新できるぐらいのものをしたかったと思っていました。直近ではないですが、北京五輪までという長い目で見ていうと、4回転も2本入れるぐらいの練習をしていきたい。


 まず(体調がピークに来る)時間帯を(試合に)合わせるということは学んだのですが、それ以外にこの成績を見て、もっと受け止めなくてはいけない、ちゃんと変えていかないといけないことがあると思う。そういう練習をもっと積んで、4回転を毎日たくさん跳べるようにしたい。体力強化のために、毎日通しで、ショート・フリーの曲を何度もかけて(滑る)という練習をしていきたいなと思います」


 観る者も感じた世界で戦う厳しさを、紀平は真正面から受け止めている。


「とりあえず本当にイチから、本気でやり直したい。『明日から気持ち入れ替えて、やるぞ』という気持ちです」(紀平)


 日本女子がストックホルムで味わった悔しさは、必ず北京での喜びにつながっていくはずだ。

沢田聡子

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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