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好調富山のゴール下を支えるビッグマン
シュート率驚異の8割、スミスが月間MVP

フットボールの勧誘もあったがバスケットが好きだった

ダンクを初めて決めたのは小6の時というから驚きだ
ダンクを初めて決めたのは小6の時というから驚きだ【(C)B.LEAGUE】

――スミス選手はインサイドの強さが明らかにB1最高レベルだと思いますが、マッチアップして「この選手は手ごわい」というライバルはいますか?


 自分は昔ながらのスタイルなのかなと感じています。好きな選手はシャック(シャキール・オニール)です。ペリメーター(外)でプレーできる、いろいろなことのできるビッグマンが増えている中で、私は今でもシュートを外から打ちませんし、ゴール下周りの仕事が多いプレースタイルです。


 ただその質問に答えるのは難しいですね。試合の中で1対1になるケースが多くなくて、どのチームも私に対してダブルチームをしてきますから。


――確かにそうですね……。


 少し考えてみたんですけれど、マッチアップしてタフだったなと感じたのは広島ドラゴンフライズのグレゴリー・エチェニケですね。あとタイプは違いますが、千葉ジェッツのギャビン・エドワーズは素晴らしいディフェンダーだと思います。


――小学校6年生でダンクができたと聞いて驚きましたが、当時から体も大きかったんですね。


 小6で6フィート(183センチ)くらいありました。


――少年時代に他のスポーツは経験したんですか?


 野球を6歳から12歳までプレーしていました。そこまで高いレベルではなくて、まあまあでした。アメリカなら体の大きい選手はバスケットボールかフットボールをやるものですし、野球の中では自分が一番大きかったですね。


――アメリカはアメリカンフットボールの盛んな国ですが、プレーしたり、誘われたりはありましたか? スミス選手の体格を見ると、そちらの適性も感じます。


 高校はバスケットボールでリクルートされて進学しましたが、フットボールのコーチも何人か勧誘に来ていました。


――それでもバスケットボールが得意で、好きだったということですね。

 プレーを始めてからはそこに没頭して、いろいろな所に遠征もしました。どんどん上達していくのが分かって、のめり込んでいきました。でも高校のときもコロラド州立大のフットボールのコーチが何度も私に手紙を送ってきていました。他には南カリフォルニア大にピート・キャロル(現シアトル・シーホースHC)というヘッドコーチがいて、彼からも「アメフトをやらないか?」と誘われました。バスケットボールをしていたのに、フットボールの勧誘は続いていました。

――今季から加わった浜口炎HC、ジュリアン・マブンガ選手は京都でも一緒だった二人です。彼らとはどのような関係ですか?


 炎さんは素晴らしいコーチですし、人としても素晴らしいと思います。私にチャンスをくれるコーチだと思っていて、強く信頼しています。ジュリアンも同じで、京都にいたときは彼とマーカス・ダブ(現バンビシャス奈良)が私にいろいろなことを教えてくれました。彼らと以前一緒にプレーしていたので、今もやりやすく感じています。


――スミス選手は2018-19シーズン第14節の試合後に、コート上でプロポーズをして、奥さまと結ばれました。ご家族の支えについてはいかがですか?


 妻は怪我をしたときも、本当にサポートしてくれました。彼女がいなければ、あの試練を乗り越えられなかったのではないかと感じるほどです。


――しかしコート上でチームメイトやファンが見守る中でプロポーズをするのは、なかなか勇気が要りますね


 彼女にとっても「ノー」を言えない状況でしょう(笑)


――東地区の上位争い、チャンピオンシップ出場権を巡る争いは僅差です。富山は東地区5位(※取材のあった2月18日時点)ですが、3位・川崎と1勝差、7位・秋田と2勝差です。富山の一員として手応えはどうですか?


 チャンピオンシップに行く可能性はかなりあると感じています。宇都宮、千葉とタフなチームがそろっていますが、私達がしっかりやるべきことをやり続ける、自分たちのプレーを続けることができれば、その先に大きなチャンスがあると信じています。まず自分たちでコントロールできることを、しっかりコントロールすることが大事です。

――富山のブースターへのメッセージをお願いします。


 富山ブースターの皆さんにはいつも素晴らしい応援をしていただいて本当に感謝をしています。富山ブースターは、リーグの中でもベストだと思っています。私も妻も富山の街が大好きで、どこへ行っても優しく接してもらえています。忘れられないことは、大きなケガをして入院をしたときに、たくさんの方が手紙、メッセージ、温かい励ましの言葉を寄せてくださったことです。それには改めて感謝を申し上げたいと思います。


――最後にBリーグ、日本のバスケを応援するファン全体へのメッセージをお願いします。


 皆さんとのやりとりをすごく楽しんでいますし、これからも楽しみにしています。富山や、以前在籍していた京都のファンだけでなく、どこに遠征してもBリーグ自体が私を迎え入れてくれるように感じています。ユウキ(通訳を務めた山口祐希選手)も見ているはずですが、アウェーゲームでもカメラを向けてくれたらポーズを取る、何かリアクションするようにしています。いつも優しく対応してくれる日本のファンには感謝しています。自分はアメリカから来ていますが、いい異文化交流になっているのかなと考えています。

大島和人
大島和人

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。

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