連載:アスリートに聞いた“オリパラ観戦力”の高め方

脇本雄太が激走する「打鐘後の残り1周」 瞬時の迷いが負けを生むケイリンの謀略戦

C-NAPS編集部

世界選手権で銀メダルを獲得した脇本雄太が、ケイリンの魅力や競輪との違いについて教えてくれた 【Photo by More CADENCE】

 1896年の第1回アテネ五輪から正式競技として採用されている自転車。陸上、競泳、体操、フェンシングの4競技と同様に一度も途切れることなく、すべての五輪で多くの観衆を沸かせてきた。東京五輪ではトラック、ロード、マウンテンバイク、BMXレーシング、BMXフリースタイルの5部門が開催され、種目数は22にもおよぶ。その中に日本発祥の種目があることをご存じだろうか。その名は「ケイリン」。

 2000年のシドニー五輪からトラック競技の正式種目に採用されたケイリンは、日本の公営競技である「競輪」がルーツである。そのため、日本競輪界のトップ選手がケイリン種目で五輪の表彰台を目指すケースも珍しくない。その筆頭が2200人のプロ競輪選手の中で9人しかいない最上位クラス・S級S班に属し、さらに2020年2月にベルリンで開催された世界選手権の男子ケイリンで銀メダルを獲得した脇本雄太(チームブリヂストンサイクリング)だ。

 競輪とケイリンという二足のわらじを履く脇本の活動拠点は、東京五輪の本番会場(伊豆ベロドローム)のある伊豆。競輪選手としてレースに出場しながらも、本番会場で日々ケイリンの練習に励んでいる。そんな脇本にケイリンの魅力と競輪との違い、さらに自国開催の五輪への思いを聞いた。「金メダルを獲るビジョンは描けている」と力強く語ったその胸中とは。

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脚力のダイナミックさとハンドル操作の繊細さが求められる

室内のバンクを最速80キロで駆け抜けるケイリンは迫力満点。車間距離が近いため、接触を防ぐ意味でも繊細なハンドル操作が重要となる 【Getty Images】

 ケイリンは、バンクという走行路内を自転車で走り、着順を競う種目です。ヨーイドンで6、7人が1周250メートルのバンクを6周して1500メートルを駆け抜けます。ケイリンを初めて見た方が驚くのがコーナーの傾斜ですね。カントと呼ばれる傾斜は45度。スキーのジャンプ台よりもきついので、「こんなところで走っているの!?」という驚きがあるかと思います。ぜひ三角定規を手に傾斜のすごさを測ってみてください(笑)。

 ちなみに僕たちが使用する自転車(トラックレーサー)は、みなさんが乗っている自転車や街中を走っているロードバイクとはまったくの別物なんです。カーボン素材なので総重量は約7キロととにかく軽く、さらにブレーキがないので急に止まることはできません。最速80キロで急傾斜のコースをブレーキなしの自転車で激走している様子をイメージしてもらえれば、その迫力が少しは伝わるのではないでしょうか。

 スプリントなどの他のトラック種目にはない、ケイリンならではの魅力は駆け引きですね。ケイリンは最初から全力で走るのではなく、3周目まではペースメーカーの後ろを追走して探り合いをするのが特徴です。レース中は選手同士がかなり接近していて、相手選手の車輪との間隔が3センチくらいしかない時もあります。その状況下で相手の位置を確認しつつ、目でけん制し合いながら駆け引きを繰り広げます。

 ただし、強い選手は自信を持っているので、あまりよそ見をしません。他の選手は強い選手がいつ仕掛けるのかを常にチェックしているので、「そのレースの支配者」が誰なのかは一目瞭然ですね。そうしたけん制合戦の中でレースが進み、残り1周のところでジャンと呼ばれる鐘が鳴ります。打鐘によって選手が全力でペダルをこぎ始めるので、その瞬間からがケイリンの最大の見せ場です。選手のスイッチの切り替わりとクライマックスの順位争いにぜひ注目してほしいですね。

 また、ケイリンはペダルをこぐ際の脚力のダイナミックさが重要ですが、それと同様にハンドル操作の繊細さも求められます。ハンドルの角度が1ミリズレるだけでも進路が変わるので、落車や接触にもつながります。しかも、カーボン製のヘルメットをかぶるので視界が狭く、耳も覆われているのでゴォーッという風を切る音と車輪の音しか聞こえません。その中で相手の進路を読みながらコース取りするので、瞬時の判断力が重要になります。まさに一瞬の迷いが負けを生む種目なので、常に精神を削りながら戦っていますね。

 現地で観戦する際は、バンクと観客席の近さを楽しんでほしいです。ハイタッチできるほどの距離感なので、ものすごい音と風を実感できると思います。目の前を僕たちが時速80キロで駆け抜けるので、まるで高速道路に立っているような気分を味わえるはずです(笑)。ちなみに自転車で時速80キロを出すためには、空気抵抗を極限まで減らす必要があるので。走行中は「エアロフォーム(地面と水平な姿勢)」を取ります。肩の中に頭を収納するイメージで、とにかく頭を下げるんですよ。スポーツカーやF1マシンは、車高が低いですよね。それと同じ原理なんです。

高松宮記念杯(GI)で2度目の完全優勝を果たすなど、本職の競輪でも絶好調の脇本(右から2人目) 【写真は共同】

 僕は日本の公営競技である「競輪」のレースにも出場しています。五輪の競輪と同じ名前ではあるものの、ルールも戦い方も全然違うんですよね。中でも最大の違いは、屋外と室内であることです。競輪のバンクは屋外にありますが、ケイリンは室内です。競輪はレース展開が風や天候の影響に左右される反面、ケイリンは常に一定の条件で試合に臨めます。それゆえにケイリンの場合は対戦相手の研究を入念にしなければならないなど、準備の仕方も大きく変わってきますね。

 また、競輪ではバンクが333.3メートル、400メートル、500メートルと複数種類があり、1レース約2000メートルの距離を9人で競います。先ほど紹介しましたが、ケイリンのバンクは1周250メートルです。ケイリンはバンクが小さい分、コーナーを回る時にものすごい遠心力を感じます。時速80キロのトップスピードになると自分の体重の4〜5倍の重力がかかるため、体重82キロの僕の場合は300〜400キロの負荷があるんですよ。

 戦い方に関しても、競輪にはチーム戦の要素があり、互いに作戦を組んで勝負所を判断するという特徴があります。一方、ケイリンでは常に1人で考えなければならず、自分の戦法に対して相談ができません。僕は競輪選手なので、最初は1人で判断することが苦手で慣れるまでに時間がかかりましたね。ケイリンで成績が出始めてからは、本職の競輪の調子も上がりました。2020年6月の高松宮記念杯では2度目となるGI完全優勝を果たしました。ケイリンの相乗効果なのか、何か手応えをつかんだ実感がありますね。

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著者プロフィール

ビジネスとユーザーを有意的な形で結びつける、“コンテキスト思考”のコンテンツマーケティングを提供するプロフェッショナル集団。“コンテンツ傾倒”によって情報が氾濫し、差別化不全が顕在化している昨今において、コンテンツの背景にあるストーリーやメッセージ、コンセプトを重視。前後関係や文脈を意味するコンテキストを意識したコンテンツの提供に本質的な価値を見いだしている。

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