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逆境をはねのけて達成したZOZO優勝
コメントから振り返るタイガーの偉業

手術した膝が心配された29ホールの長丁場

大会4日目の第3ラウンドのタイガー・ウッズ。この日も首位の座を譲らなかった
大会4日目の第3ラウンドのタイガー・ウッズ。この日も首位の座を譲らなかった【Getty Images】

 大会4日目の日曜日は第3ラウンドと第4ラウンドが日没まで行われた。結局29ホールをプレーしたタイガーは、この日も首位の座を譲らなかった。「リードを守っているストレスがあった。膝の手術後、これほど膝に負担をかけたことはない。それを踏まえるとうまくいった一日だった」と振り返った。また、長時間のラウンドによる影響に関しては、「精神力が一番試されると思う。10時間と長時間コースにいて、集中力のオンオフを繰り返すのは大変。少し気が逸れてしまう瞬間もあるのでしっかりとそこでまた集中し、目の前のショットに100%コミットしなければならない」と話した。


 翌日の早朝より再開される残り7ホールで首位をキープできれば、米国PGAツアー歴代最多勝記録に並ぶ偉業の達成。この82勝目を考えているかという質問には、「やるべきことをやれば勝てるかもしれないし、そうなれば82勝目ということだけど、とにかく集中しなくてはいけないのは勝つために必要なことをしっかりとやるだけ」と話し、その日のインタビューを終えた。

松山との早朝の優勝争いを制す

冷静なプレーと判断で勝利をものにしたタイガー・ウッズ
冷静なプレーと判断で勝利をものにしたタイガー・ウッズ【Getty Images】

 大会5日目の月曜日の早朝7時30分、第4ラウンドの残りが再開された。この時点で1組前をラウンドしている2位の松山英樹とは3打差。タイガーは残り7ホール、松山は残り6ホールの最後の戦いがスタートした。


 再開のホールとなった12番(パー4)、6番アイアンで放ったセカンドショットをミスしタイガーはボギー。松山との差が2打差に縮まり、勝敗の行方は分からなくなってきた。


 しかし、その後の試合運びでのタイガーは冷静だった。14番ホール(パー5)では「ヒデキのパットを見たかったので、セカンドショットをあえて遅らせた」と2位選手の結果を見て攻め方を選択。最終の18番ホール(パー5)でも、松山が3打目をバンカーからグリーンに乗せたことを知って、「最後にパーをとれば(ヒデキがバーディ)でも優勝できると思った」とセカンドショットはレイアップ。終始2位の松山のプレーを確認しながら、優勝へ向けての組み立てを確実に行っていた。

自分の両手を信じ、さらなる勝利を目指す

米国PGAツアーの最多勝に並ぶ82勝目を達成
米国PGAツアーの最多勝に並ぶ82勝目を達成【Getty Images】

 優勝会見では、「この大会は本当にきつかった」と語ったタイガー。「3連続ボギーから始まり、まさかこのようなスコアで上がれるとは思っていなかったがなんとかカムバックできた。今週はいくつかミスもあったがそこまで悪いものではなく、うまくリカバリーができたのに加え、パットもたくさん決めることができた」と大会を振り返った。米国PGAツアーの最多勝に並ぶ82勝目に関しては、「この勝利を日本で迎えたことは、自分がグローバルプレーヤーとして活躍してきたことを示していると思う。世界中でプレーをしてきたし、アメリカ以外の場所でこの記録に並ぶことができて嬉しい」と日本での記録達成を喜んだ。


 さまざまな苦難を何度となく乗り越えて偉大な記録を達成し続けているタイガー・ウッズ。タイガーはもうダメではないかと思っている人々を見返し続けることへの思いについて聞かれると、「そこから抜け出して、自分で道を切り開くことに対する満足感がある。抜け出すのが大変な時はあるが、長年その方法を見つけてきた。ただ、今回は特に難しかった。2カ月前に手術をし、また復活し優勝することは簡単なことではなかったが、自分の両手を信じているし今日もそこに変わりなかった」と話した。


 昨年のZOZOチャンピオンシップ以降、コロナ禍で米国ツアーが約3カ月間中止になった影響もあるが勝ち星はあげられていない。また、昨年も7月頃に「もう若くはない」という弱気なコメントがあったが、今年も同じく7月にコロナ禍で初めて出場した「メモリアルトーナメント」で、「以前と同じようなスタミナはない」と弱気な発言をした。


 最多勝に並ぶ偉業を成し遂げたタイガーは、今も昨年のZOZOチャンピオンシップの出場前と同様、必死に優勝へ向けての模索を続けている。もちろん今回も非常に難度は高いであろう。しかしファンは、「自分の両手を信じ続けて」さまざまな逆境をはねのけていく勇姿を期待している。

北村収
北村収

1968年東京都生まれ。法律関係の出版社を経て、1996年にゴルフ雑誌アルバ(ALBA)編集部に配属。2000年アルバ編集チーフに就任。2003年ゴルフダイジェスト・オンラインに入社し、同年メディア部門のゼネラルマネージャーに。在職中に日本ゴルフトーナメント振興協会のメディア委員を務める。2011年4月に独立し、同年6月に(株)ナインバリューズを起業。紙、Web、ソーシャルメディアなどのさまざまな媒体で、ゴルフ編集者兼ゴルフwebディレクターとしての仕事に従事している。

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