水谷隼が語る「五輪1年前」の心境は? ファンとのやり取りに時間を割いた意味

平野貴也
 今年は、トップアスリートから愛好家まで、あらゆる競技者が活動に制限をかけられている。その原因は言うまでもなく、今もまだ世界各地で感染症を引き起こしている新型コロナウイルスのまん延だ。今夏に予定されていた東京五輪は、2021年へ延期。5月下旬に首都圏の非常事態宣言が解除されて自粛要請期間が明け、6月にはプロ野球やサッカーJリーグの試合は再開したが、まだ多くの制限を余儀なくされている。

 しかし、高みに上るアスリートは、前に進む力が強い。2016年リオデジャネイロ五輪で日本男子卓球界に初のメダル(団体の銀、個人の銅)をもたらした水谷隼(木下グループ)は、トレーニングができない自粛期間中にはSNSなどを通じた活動に積極的に取り組むなど、メリハリの効いた活動で苦境の中からさらなる前進を模索していた。

 難しい期間をどのように過ごし、どんなことを考えたのか。オンラインインタビューで話を伺った。また、後編(7月18日掲載予定)では、東京五輪に向けたビジョンを語ってもらった。(取材日:6月23日)

休養に充てることができた自粛期間

自粛期間中に考えていたことや、1年延期となった東京五輪への思いについて、オンラインで話を聞いた 【スポーツナビ】

――東京五輪の延期や国内外の大会中止といったイレギュラーな状況に対して、落ち着いて対応されているように感じますが、どのような心境ですか?

 もともと、そんなにガッツリと量を練習するタイプではないので、練習を再開した後は今までと変わりません。落ち着いてやれています。試合がなくなった分、精神的にすごく楽になったのかなと感じています。(今夏に予定していた五輪に近付く中で)1つ1つの大会が注目される時期に、毎月2〜3大会を戦うスケジュールだったので、なかなか心を休める期間がなかったのですが、かなり長い期間ゆっくりできています。五輪まではまだ時間もあるので、焦る必要はないと思っています。

――卓球は、もともと国際大会のスケジュールがハードなので休養期間は貴重ですね。

 そうですね。過去に出場した五輪(08年の北京、12年のロンドン、16年のリオデジャネイロ)は、代表選考が本大会の1年前に終わる日程でしたが、今回は2020年1月に選考が終わって半年強ですぐに本大会となるハードな日程でした。2019年シーズンはケガが多く、良いコンディションで試合ができずに結果も残せない1年だったので、五輪が1年延期になり、少し準備期間が取れるようになったのは、僕にとっては良かったのかなと思っています。

――自粛期間、5月中旬までの3週間ほどは、ラケットを握らなかったということですが、どのように過ごしましたか?

 はじめは「練習をしなければ……」という気持ちがありました。4月に東京で緊急事態宣言が出て、所属チームで使っている練習場所が使えなくなった後も、プライベートで使える練習場所を探して、少しの期間は一人で練習をしていました。でも、それさえも止めた方が良さそうだという話になってきて、4月下旬からしばらくはラケットを握らず、自宅からも出ずに過ごしていました。その間、今までできなかったことを一気にやりましたね。「17Live」というライブ配信アプリでファンの方からのリクエストに答えて交流したり、オンラインゲームの大会を主催したり。卓球とは関係ないのですが、自分の趣味も含めて、今だからこそできることをやりました。

「忘れられてしまうのではないか」という不安がある

――自粛期間は、他競技の選手もSNSなどを通じてファンと直接コミュニケーションを取る機会が増えていたように思います。アスリートとファンの新しい交流の形が見えてきたと思うのですが、新しい手応えはありましたか?

 選手は試合がなくなると一気に注目度が下がるので、忘れられてしまうのではないかという寂しさは常に持っています。それを紛らわす意味でもオンラインでファンや関係者とつながっていたいなと感じていました。SNSなどでファンの方と直接やりとりをすることで、自分の伝えたいことを自分の言葉で伝えられるのは嬉しいですし、ファンの方や周りの方々が自分をどう思っているのか、何を知りたがっているのかを直接聞くことができるのも、すごく嬉しいと感じました。結果的に、周りが何を考えているか、自分が何を発信するべきかを考える時間にもなりました。ただ、多くの方がテレワークなどで自宅に長くいるとライブでつながることができますが、普通の生活に戻ったときには、より多くのメッセージを届けるためにやるべきことは、もっとあるのかなと思います。

――たとえば、どのような点が課題で、どんな改善点が考えられますか?

 この期間にYouTubeの動画配信を始めた卓球の選手もいますが、思ったよりチャンネルの登録者数や視聴回数が伸びていない印象を受けます。僕も含めて、まだアスリートは(ファンに直接エンターテインメントを発信する)ノウハウを知らないので、もっと勉強しないといけないのかなと思います。やるからには注目されるようにやるべきだと思いますが、今はまだとにかくやってみようという段階。僕も「17Live」をやってみて、注目度が足りないと感じています。注目されないとモチベーションも上がらないので、その辺も勉強しているところです。あとは、良くない発言をして失敗という例もありますから、そういうことも勉強しながら、自分のプラスになる活動をしていきたいと思っています。

――自粛期間中は、競技以外の様々な取り組みを行う一方で、スポーツ選手という職業について考えたそうですね。

 新型コロナウイルスのまん延によって、この3カ月で世界が大きく変わったと思います。政府や医療の関係者が頑張って対応してくださる中、僕たちスポーツ選手は自粛期間中ただ家にいるだけで、すごく無力だなと感じました。周りもアスリートを応援するような状況でもなく、本当に放っておかれているというか、居場所がなくなっていると感じていました。今は、五輪に対しても「やっている場合ではない」という厳しい見方が出てきていますし、それを直に感じて、悔しいというか、空しいというか、自分の職業は、こんなときには何の役にも立たないなと感じました。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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