村井チェアマンが明かす横断幕禁止の裏側「サポーターの思いは100%正しい」

飯尾篤史

コロナ禍に見舞われたJリーグにあって、村井満チェアマンのリーダーシップは際立った 【スポーツナビ】

 6月27日、いよいよJ2が再開、J3は開幕する。DAZNとパートナーメディアが立ちあげた取り組み「DAZN Jリーグ推進委員会」では「THIS IS MY CLUB - FOR RESTART WITH LOVE - 」と題して、Jリーグ全56クラブ、総勢100人以上を取り上げる。スポーツナビでは、Jリーグ村井満チェアマンにインタビューを実施。再開に至るまでの経緯はもちろん、横断幕禁止やマスコットの来場禁止について、チェアマンの思い、苦渋の決断に至るまでの舞台裏を明かしてくれた。(取材日:2020年6月21日)

まずは自分をさらけだそうと

――まずJリーグ再開まで導いていただいたことを、いちサッカーファンとして感謝します。本当にありがとうございました。

 いえいえ、とんでもないです。

――そこでうかがいたいのは、今回の村井チェアマンのリーダーシップや決断力についてです。サラリーマン時代にも、いろいろな困難を乗り越えてこられたと思います。今回の未曽有の事態と向き合ううえで、これまでの人生のどんな経験が生きましたか?

 そんなたいした経験をしているわけでもないんですけど、このような困難のなかでは、自分の言葉でしゃべるということがとても大事だと思っています。秘書、広報といった誰かが用意してくれたコメントを読むのでは、とても対応できませんでした。午前と午後では状況が変わっているとか、人によって話すことが違うとか。自分は何が分かっていて、何が分からないのか、自分はどうしたいのか、すべてを自分の言葉で表現しないと対応できない状況でした。

 だから、まずは自分をさらけだそうと。何かを隠した瞬間に、それがすべてのミステイクの始まりになりますからね。社内では「魚と組織は天日にさらすと日持ちが良くなる」といつも言っているんです。

――それを今回、ご自身が実践されたわけですね。

 あと、私の過去の経験を言うと、大きな困難に襲われることが何回かあったんです。在籍していた会社(リクルート)が大きな経済事件を起こし、首相が引責辞任するということがありましたし、大手スーパーに経営権を譲渡し、傘下入りするということもありました。インターネットが誕生して、本業だった紙の雑誌がなくなるということもありました。

 今では自分でも考えられないんですけど、もともと私は、10人以上の前では話ができないくらいアガリ症で、人が集まると逃げていたんですね。そういう人間だったから、緊張するということを、ものすごく突きつけられてきた。ただ、大きなトラブルに見舞われるなかでだんだん分かってきた。自分は楽勝なことには緊張しないし、絶対無理なことにも緊張しない。人生が懸かっている勝負どころ、大事なものが目の前にあって、それをつかめるかどうか、というときに緊張するんだと。

 そういう意味では、今回も緊張の連続でした。ただ、サッカー界としてこの難局をしっかり乗り越えられれば、スポーツ界にとって、国民にとって、社会にとって、何か大切なものが手に入るに違いないと。それが何かは分からないですが、信じてやってきました。

「守備は慎重に」私はGK出身ですから

――2月末に下されたリーグ中断の決断も非常に早いものでしたが、3月19日の「降格なし」の決定も非常に早いものでした。恥ずかしい話ですが、僕はあの段階で、4月下旬くらいには再開するだろうと。「降格なし」を決めるのは早いのではないか、と思っていました。村井チェアマンはあの段階で、中断がこれほど長期化することを、その後のリーグがこれほど公平性の保てないものになるということを、予測できていたのでしょうか?

 まず、試合運営や競技ルールに関することは、私がすべてを発案して決めているわけではなくて。もちろん、各クラブの社長が集まる実行委員会で決議する場には私もいますが、それ以前に、多くのJリーグスタッフが「ああでもない、こうでもない」と徹底的に議論をしてくれているんです。既成概念を取っ払い、ゼロから思考実験を繰り返してくれたスタッフには、本当に感謝しています。それは、タブーも忖度(そんたく)もなく、非常識なことであっても、いろいろな意見をぶつけ合えるJリーグの風土があってこそ、だと思います。

 社内では「PDMCA」という言い方をしているんですね。いわゆる「PDCA」サイクル、「Plan」「Do」「Check」「Action」の真ん中に「Miss」を置こうと。プランを立てて、実行してみて、間違ったら間違ったで、チェックして、再アクションすればいい。「PDMCA」を大事にしているものですから、荒唐無稽なこともどんどん突き詰めていく。そうした風土、土壌のなかでいい議論が生まれたと思っています。

 新型コロナウイルス禍の長期化を見通していたかと言うと、まったく分かりませんでした。ただ、「攻撃するときは楽観的に、守備をするときは心配性なくらい慎重に」とずっと言ってきました。というのも、私はGK出身ですから(笑)。

――そうでしたね。GKが楽観的に守っていたら、大変なことになりますからね(笑)。

 去年までは、過去最高の入場者数を目指して、アグレッシブなカスタマー戦略を徹底していこう、失敗を恐れずどんどん仕掛けていこう、と非常に楽観的な攻撃を繰り返してきたんです。でも、風向きが一転した今年は、極めてディフェンシブにいこうと。悲観的なくらい慎重になって、「長期化した場合はどうする?」「リーグ戦がまったく開催できなかったらどうする?」とあらゆる角度から議論してきました。

 少なくともホームとアウェーが1試合ごとに交互に訪れるような日程は組めないだろう、もし選手の中に感染者が出たら、チームコンディションにも差が出るだろう……。そう考えると、ある程度の不公平が生じるに違いないということで、「降格なし」という結論に行き着いたんだと思います。

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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