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心を整える。
『集団のバランスや空気を整える』
キャプテン交代、南アW杯初戦の舞台裏

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第3回

2010年南アW杯の約2週間前に告げられたキャプテンマークという重役。当時26歳、年上選手が多く控えるチームで長谷部が意識したこととは
2010年南アW杯の約2週間前に告げられたキャプテンマークという重役。当時26歳、年上選手が多く控えるチームで長谷部が意識したこととは【Getty Images】

 あとの章で詳しく述べるのだが、変化を受け入れなければ進化することはできない。だから、岡田監督がワールドカップ直前に戦術を変更したことに対して、僕は心を整理するまでに時間はかかったものの、異論はなかった。


 しかし、ゲームキャプテンを替えるという、あの変化だけは本当に実行すべきだったのかな……と思い返すことがある。


 アジア地区予選でずっとキャプテンマークを巻いてきたのは、僕より6歳上の佑二さん(中澤)だ。ところが岡田監督は大会の約2週間前のイングランド戦で、僕をゲームキャプテンに指名した。事前の打診もなかったのでとても驚いた。


 大会直前にゲームキャプテンを替えるのは異例のことで、チームにネガティブな影響がないわけがない。そして何より、本番直前にいきなり僕が“いいとこ取り”をしてキャプテンマークを巻くのは、あまりにもムシが良すぎると思った。

 スイス合宿中、ホテルの部屋で僕はいろいろなことを考えた。


 岡田監督だって考えぬいた末での変更で、気軽に決断したわけではないはず。その気持ちを裏切れないという思いもある。だが、僕は当時26歳でチーム内に年上の選手たちがたくさんいた。海外のチームなら年齢は関係ないのかもしれないが、日本の場合、サッカーにも年齢の影響が少なからずある。先輩たちは僕がゲームキャプテンに選ばれたことをどう感じているのか? なぜ自分が指名されないんだと憤っている選手だっているかもしれない。


「ひょっとしたら自分がキャプテンマークを返上すれば、逆にチームはまとまるかもしれない……」


 そう考えた僕は部屋の電話の受話器を取った。


「監督、今から部屋にうかがってもいいですか?」


 僕は息を整えて、自分の部屋を出た。


 監督の部屋のドアをノックすると、「おう」と声がして、ドアを開けてくれた。部屋は選手の部屋よりも少し広かった。ソファがL字に置かれていて、応接のスペースがあった。監督はソファに腰を下ろし、話を切り出した。


「話って何だ。何かあったのか?」


 僕は言った。


「今、僕がゲームキャプテンをやるのは、チームに与える影響が大きすぎると思います。キャプテンを辞退させてもらえないでしょうか」


 岡田監督は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの柔和な表情に戻った。


「何だ、オマエも意外にまわりに気を遣っているんだな。分かった。この件は一旦オレに預からせてくれ」


「ありがとうございます。ただ、どんな結論になろうと監督の決定に従います」


 このあと岡田監督は佑二さんを部屋に呼び、話し合いの場を持った。詳しい話は分からない。僕は自分の部屋に戻り、電話が鳴るのをひたすら待った。

長谷部誠

1984年1月18日、静岡県出身。3歳でサッカーを始め、青島東小のスポーツ少年団、青島中サッカー部を経て名門・藤枝東高校入学。2001年の全国総体準優勝。2002年浦和レッズ加入。2008年にドイツ・ブンデスリーガへ移籍。翌年、ヴォルフスブルクにてリーグ優勝を経験。現在はアイントラハト・フランクフルトの主軸として活躍している。2018年にはドイツカップ優勝を達成。ワールドカップでは、南アフリカ、ブラジル、ロシアの3大会連続でキャプテンを務めた。日本代表のキャップ数は114。

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