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松坂の衝撃デビュー、辻の“伝説の走塁”…
東尾修と石毛宏典が選ぶライオンズ名場面
東尾修と石毛宏典の両氏が選ぶライオンズ名場面は?
東尾修と石毛宏典の両氏が選ぶライオンズ名場面は?【写真は共同】

 埼玉西武ライオンズでは「ライオンズ」命名70周年を記念して、70年の歴史の中で思い出に残る名シーンのファン投票を、3月9日(月)〜4月28日(火)の期間、特設ページ内にて行っている。そこで今回、1980年代から90年代にかけての“黄金時代”を知る東尾修、石毛宏典の両氏に、自身が選ぶライオンズの名シーンを挙げてもらい、思い出を語ってもらった。

東尾修氏が選ぶライオンズ名場面

東尾修氏が選ぶライオンズ名場面は?
東尾修氏が選ぶライオンズ名場面は?【(C)SEIBU Lions】

1. 1958年10月17日/3連敗からの4連勝! 神様、仏様、稲尾様!


 日本シリーズ第1戦から巨人に3連敗を喫した西鉄ライオンズ。“鉄腕”稲尾和久が第4戦で完投勝利を飾ると、続く第5戦ではリリーフで登板し、延長10回に打者としてサヨナラ本塁打を放つ。さらに第6戦では完封勝利。第7戦でも完投勝利と獅子奮迅(ししふんじん)の活躍で、チームの日本一に大きく貢献した。


「俺が入団した時は中西(太)さんが監督で、稲尾さんはまだ現役でした。最初の出会いは入団発表のとき。なぜか稲尾さんの家に連れて行かれて、『えらいでかい人やな』って思ったね。着物を着ていて、貫禄もあった。1年間だけ一緒にプレーしたけど、その頃はもう肩がボロボロの状態。1年目に俺が先発して7回まで投げて、プロ初勝利が目前のところで稲尾さんがリリーフで出てきて逆転負け……。だから稲尾さんが監督になってからも、そのことをよくネタにしてからかっていた。普段は温厚な人。そういったジョークを言える人でしたね。でも監督として厳しい面もあって、精神力を鍛えるということで、真冬の滝つぼに放り込まれたりもしましたよ(苦笑)。いろんな思い出があるけど、やっぱりライオンズの歴史で稲尾さんは外せないね」

2. 1986年10月23日/広島との日本シリーズ、工藤公康のサヨナラタイムリー!


 広島との日本シリーズ。初戦を引き分けるとまさかの3連敗。本拠地での5戦目は同点のまま延長戦に。延長10回から工藤公康がマウンドへ。延長12回まで無失点に抑えると、その裏1死2塁のチャンスで工藤がそのまま打席に。1ボールからの2球目の直球をはじき返すと、打球はライト線を破るサヨナラタイムリー。この日本シリーズでの逆転劇へ勢いづかせた。


「これも3連敗からの4連勝で日本一になったから印象に残ってるね。やっぱり(工藤)公康はいいところを持っていくよ。あいつは高卒1年目から広岡(達朗)さんにかわいがられて、最初に優勝した時はプレーオフでも投げたりして、そういう何かを持っている選手だったよ。この時の日本シリーズも、第5戦は僕が先発して頑張ったけど、最後はおいしいところを全部持っていった(笑)。シリーズの流れが変わった大きな一打だったね」

3. 1999年4月7日/高卒ルーキー・松坂大輔が衝撃デビュー! 155キロで空振り三振!


 高卒ドラフト1位ルーキー・松坂大輔がプロ初先発のマウンドへ。東京ドームを舞台に、初回に片岡篤史(当時日本ハム)へ投じた1球が155キロを記録し、空振り三振を奪う。その後も素晴らしい投球を見せ、8回2失点の好投でプロ初勝利を飾った。


「(松坂)大輔は俺が監督の時だから外せないかな(笑)。キャンプからオープン戦と徐々に良くなっていった。開幕前の最後の登板で結果を残したから一軍でスタートさせたけど、そこで結果を出していなければデビューはもう少し後だったと思う。だから監督としてもホッとしたよ。東京ドームのマウンドの傾斜が当時の大輔には合っていたし、2カード目にもなると相手投手の力も落ちてくる。とにかく最初は軌道に乗せないといけないからね。その意味では、片岡から三振を奪った時点で『あ、これはもう大丈夫』と思ったね。あの155キロが、大輔がプロで投げた中で一番いいボールじゃないかな(笑)」

ベースボール・タイムズ
ベースボール・タイムズ

プロ野球の”いま”を伝える野球専門誌。年4回『季刊ベースボール・タイムズ』を発行し、現在は『vol.41 2019冬号』が絶賛発売中。毎年2月に増刊号として発行される選手名鑑『プロ野球プレイヤーズファイル』も好評。今年もさらにスケールアップした内容で発行を予定している。

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