静学、伝統の個人技と進化した守備が融合 栄光知るコーチ陣に率いられ初の単独Vへ

元川悦子

井田総監督の哲学は今も脈々と──

“静学スタイル”の象徴とも言えるのが、10番を背負う松村優太。「静学に来て、自分が大きく変わったと思う」とは本人の言葉だ 【写真:松尾/アフロスポーツ】

「選手権の最初は苦しんだ方がいいんだ」

 出足は鈍かったものの、最終的に6-0で圧勝した12月31日の岡山学芸館との初戦を終えた後、静岡学園の井田勝通総監督はこうつぶやいた。

 初優勝した74回大会(編注/1996年1月8日に行われた鹿児島実業との決勝は延長でも決着がつかず、両校優勝)の初戦も、東山相手に大苦戦しながら結果的に6-0で大勝しているし、翌75回大会の初戦も同じく東山に先手を取られ、激しい打ち合いを強いられた末に4-3の逆転勝利を収めている。2年連続でベスト4以上に勝ち上がり、国立競技場の大舞台に立った栄光の日々を知る名将は、当時の戦いぶりを脳裏に描きつつ、今回のチームの躍進を確信した様子だった。

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 その思惑通り、2回戦で丸岡を3-0、3回戦で今治東を2-0、準々決勝で徳島市立を4-0で一蹴した静学は、4試合合計15得点・無失点という破竹の勢いで、23年ぶりの4強入りを決めた。

 井田総監督は77歳になった今もベンチに座っているし、75回大会の直前に藤枝明誠から母校に戻ってコーチになった川口修監督、当時DFとして最終ラインを統率していた齊藤興龍コーチもそこに陣取っている。彼らの貴重な経験値は、この先の戦いの大きな強みになるはず。「選手権単独優勝を果たして、恩師である井田さんを超えたい」と川口監督も強調したが、今回はまさに千載一遇のチャンスと言っていい。
 再び4強にたどり着くまでの23年間で、静学を取り巻く環境は大きく変化した。

 09年に井田総監督が指導の第一線から退き、学校が静岡市草薙から東鷹匠町へ移転。名物だった朝練習が週3回に減る一方、入学希望者が増えて入部部員数が90年代後半の70人程度から260人へと拡大するなど、現場を預かる川口監督や齊藤コーチはサッカー部を円滑に運営するだけでも大変な状況になった。

 そうした中でも、テクニックを前面に押し出し、ドリブルとショートパスを主体としたブラジル流のスタイルを追い求めるチームの基本は変わらない。「15歳までに100万回ボールを触れ」「サッカーは美しくあるべき」といった井田総監督の哲学は、今も脈々と引き継がれている。

「静学スタイルを貫くのが僕らの使命」と川口監督も断言したが、そこまでの確固たる方向性を長年、実践し続けているのは、高校サッカー界広しと言えども静学くらい。不変のポリシーが3年間で選手を大きく伸ばす原動力になっているのだ。

現チームの合言葉は「目指せ、カンプ・ノウ」

選手権単独優勝を飾り、恩師・井田勝通総監督を超えたいという川口修監督。あくまでテクニックをベースにしながら、チーム全体に守備意識も植え付けた 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 静学OBで横浜F・マリノスアカデミーダイレクターを務める松永英機氏もこう語る。

「4強入りした青森山田、帝京長岡、矢板中央は中学やジュニアユース年代のクラブとの連携で6年計画の選手育成に主眼を置いています。日章学園や帝京可児、神村学園なども同様です。静学も中学はありますが、今回の登録メンバーの5〜6人だけで、外部から来ている選手が主力の大半を占めている。彼らは3年間で大きな成長を遂げてここまで来た。その最大の要因は、やはり静学の伝統である個人技。試合を見ていると、攻守両面で1対1に長けた選手が多いと実感させられます」

 その筆頭がU-18日本代表で、鹿島アントラーズ入団が内定している10番の松村優太。今大会はここまでノーゴールではあるが、圧倒的なスピードとドリブル技術で数人を一気にかわせる能力を備えている。しかし、大阪東淀川FC時代まではまったくの無名。本人も「今回の選手権が自分にとって初めての全国大会」と言う。静学入学当時も特別な存在ではなかったが、1年の終わり頃から「見どころがある」と川口監督らに才能を見いだされ、一気に頭角を現したという。

「中学時代までの僕はスピードに頼った選手で、そこまで技術がある方じゃなかった。静学に来てからリフティングやフェイント、ドリブルなどの基本技術を徹底的にやるようになったけど、うまい選手がたくさんいてホントにビックリしました。それを毎日続けていくうちに自信がついて、今は厳しいマークを受けても余裕を持って抜けるようになった。静学に来て、自分が大きく変わったと思います」と松村は目を輝かせた。

 彼のような高度な個人技を備えた選手たちが、素早い攻守の切り替えで敵を凌駕(りょうが)していくのが今回のチーム。徳島市立戦を見ていても、いったん奪われたボールをすぐに奪い返して決定機につなげるシーンが目についた。

「中盤の井堀二昭なんかも守備ですごく頑張っていますし、松村もU-18代表で守備意識が高まり、低い位置までカバーリングに入っている。チーム全体が守備面も含めて意思統一して戦っているのは大きい」と川口監督も前向きに話したが、静学不変のテクニックと進化した守備と組織力がうまく融合されている点が今大会の大きなポイントだ。その両方をより一層、研ぎ澄ませていけば、悲願の選手権単独優勝も見えてきそうだ。

「今のウチの目標は欧州で活躍する選手を出すこと。『目指せ、カンプ・ノウ』ですよ」

 こう言って笑顔を見せた川口監督の野望を現実にするためにも、松村らが残り2戦で躍動し、さらなる飛躍を遂げることが肝心だ。彼らには静学らしいスタイルで最高の結果を追い求めてほしいものである。

(企画構成:YOJI-GEN)
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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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