谷真海が思いを馳せる東京2020の青写真 パラトライアスロンで実感する声援の力
「東京パラリンピックの顔」として注目を浴びる谷真海に、パラトライアスロンの魅力や東京2020への思いを聞いた 【写真:C-NAPS編集部】
谷は2001年の19歳の時に骨肉腫を発症。翌年に右ひざ下を切断し、義足生活を余儀なくされた。しかし、03年には競技を開始。04年アテネから08年北京、12年ロンドンと走り幅跳びで3大会連続のパラリンピック出場を果たした。13年の五輪・パラリンピック開催地決定時には招致活動メンバーに参画。プレゼンターとして、スピーチで自身の病気や11年に起きた東日本大震災での地元・宮城県気仙沼市の被災について熱弁し、「東京パラリンピックの顔」として一目を置かれる存在となった。
その後、結婚・出産を経てママアスリートとなり、4回目のパラリンピックを目指す谷に、パラトライアスロン観戦を楽しむ秘訣や大会全体の展望について聞いた。「決して身構えることなく、観客のみなさんが肩の力を抜くことが大事」と語る谷の胸中とは。
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パラトライアスロンは「自然との共存」と「沿道との距離感」が醍醐味
「スイム」「バイク」「ラン」の3つの種目は、どれも自然を感じられる点が魅力だと語る 【Getty Images】
パラトライアスロンには障がいによるクラス分けもあります。車いすクラス(PTWCクラス)、肢体障がい4クラス(PTS2〜PTS5クラス)、視覚障がいクラス(PTVIクラス)の計6クラスです。肢体障がいに関してはPTSの後の数字が小さいほど障がいの程度が重くなります。実際に試合を観戦してもらうと、「いろんな障がいがあってもトライアスロンができるんだ!」という印象を受けると思いますよ。
例えば、車いすの選手はバイクのときに足が使えないので、手こぎの「ハンドサイクル」で走り、ランでは「レーサー」という専用の車いすに乗り換えます。視覚障がいのある選手は、スタートのスイムからゴールまでガイドが付き添います。選手とガイドがガイドロープで、ペースを合わせられるんです。私の場合は義足なので、スイムの時に外して水から上がった際に装着します。バイク用・ラン用とそれぞれ異なる義足を使っています。
競技中もしっかり耳に届いているという観客の声援。谷を含め選手全員の力になっている 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
私はこの時間を短縮するために、「ランニング用の義足でバイクに乗る」ことも試みましたが、思うようにタイムが出なかったので義足の一本化はやめました。トランジションでタイムを短縮できても、バイクが遅くなったら意味がないので。まずはバイクのタイム向上にフォーカスして今は強化しているところです。義足の一本化で上手くいっている選手もいるし、何が正解かは人それぞれ。自分自身も試行錯誤を繰り返しています。
私は04年のアテネから12年のロンドンまで、走り幅跳びの選手として3大会連続でパラリンピックに出場しました。聖火の灯るメインスタジアムで競技できたことは、素晴らしい思い出ですね。一方、パラトライアスロンの面白さとしては、世界各国の気候も違えば地形も違う環境に自分を適応させることだと思います。各地の自然をダイレクトに感じられるので、競技中に「生きてるなぁ」と実感できるんです。
パラトライアスロンには、「沿道の方との距離が近い」という魅力もあります。沿道からの声援はちゃんと届いていますし、自分の名前が呼ばれているのもはっきり聞こえるんですよね。知り合いが声かけてくれたのも分かっています。そういう意味ではエールをもらいやすい種目です。気軽に沿道まで駆けつけて、選手の息遣いとか器具の音とか、いろんなものを体感して楽しんでもらえたらと思います。