「負けない」サッカーに徹したFC今治 JFLラストゲームで見た夢スタの風景

宇都宮徹壱

確実に変わりつつある今治

JFLのラストゲームでの今治サポーターによるコレオグラフィー。勝ってシーズンを終えたい 【宇都宮徹壱】

 FC今治にとってのJFLラストゲームは、12月1日にホーム夢スタ(ありがとうサービス.夢スタジアム)にラインメール青森を迎えての最終節であった。晴天の下、夢スタのゴール裏には、青と黄色のコレオグラフィーが出現。これはサポーター有志が、1カ月かけて準備したものである。初めての試みであることに加え、スタンドの構造上の問題もあり「今はこれで精いっぱいなんだろうな」というのが正直な感想だ。それでもシンプルな青と黄色のコレオに、まるで子供の運動会でも見ているかのような感動を覚えずにはいられなかった。

 さて、今治のJ3昇格について私は、単なるサクセスストーリーではなく《今治という街を変え、四国を変え、さらには日本社会を変えるという、壮大なストーリーの端緒に過ぎないのである。》と前回のコラムで書いた。そして《それを確認するために、12月1日に夢スタで開催される最終節を、現地で見届けることにしたい。》と締めくくっている。要するに「岡田武史がジョインしたことで、今治の風景がどう変わったのか」ということを、今回のJFL最終節の取材で確認しておきたかったのである。
 実際のところ、そんなに街の風景が変化したとは言い難い。駅前は相変わらず閑散としているし、商店街はシャッターを閉めたままの店が多いし、飲み屋街は今でもびっくりするくらい宵闇に包まれている。「夢スタで歓喜を 行くぞJ」という今年のノボリはあちこちで見かけるが、それがなければJを目指すクラブがこの街にあることを認識するのは難しい。それでも耳を澄ませてみると、FC今治について話題にしている人が、格段に増えたように感じる。試合前夜にも、こんな出来事があった。

 今治サポーター数人と食事をしての帰り道。どこからともなく「明日、“エフシー”の試合を見に行くから」という会話が聞こえてきた。すぐにサポーターのひとりが反応。「夢スタに行くんですか?」「普段どこで見ているんですか?」といった話で盛り上がり、その場で「じゃあ明日、一緒に応援しましょう!」と約束を取り付けるに至った。そんなやりとりが、人口約15万人の小さな街の至るところで起こっているのではないか。見た目には分かりにくいが、今治は少しずつ、しかし確実に変わりつつある。

相性が悪い相手にスコアレスドロー

右サイドを攻め上がる駒野。試合後「今季は自分たちのリズムでできた試合が少なかった」と語る 【宇都宮徹壱】

 さて、FC今治である。11月10日の第27節、FCマルヤス岡崎戦を1-0で勝利して、昇格の条件である4位以内を確定させたのは周知のとおり。しかし、続くアウェーの鈴鹿アンリミテッドFC戦は0-2で敗戦、ホームでのホンダロックSC戦は2-2の引き分けに終った。そして迎えたホームでの最終節。最後は2位でフィニッシュして、今シーズンを有終の美で締めくくるには、3試合ぶりに勝利するほかない。だが対戦相手の青森とは、過去5試合で2勝1分け2敗と相性があまりよくない。

 そもそも青森は、今治にとって因縁めいた相手でもある。岡田代表体制となって1年目の2015年、岩手で行われた全社(全国社会人サッカー選手権大会)2回戦で敗れた相手が、この青森。この全社でベスト4となり、地域決勝(全国地域リーグ決勝大会=現地域CL)出場権を得た青森は、同大会でも優勝して今治より1年早くJFL昇格を果たしている。もしもあの試合で今治が勝っていたら、この年の東北リーグで2位に終った青森の昇格はなく、Jリーグ百年構想クラブに承認されることもなかったかもしれない。

 試合が始まると、青森がゲームの主導権を握った。左サイドバックの石澤善己、そしてトップ下の和田響稀が積極的に前に出て仕掛け、前線の萬代宏樹が危険なスペースに顔を出してはゴールを狙う。相手の勢いに出鼻をくじかれた今治は、前半22分に有間潤がGKと1対1となり、35分には駒野友一の右からの低いクロスに玉城峻吾が決定機を迎えるが、どちらも青森の守護神・神山竜一の好判断に阻まれてしまう。およそ3位と13位の対決とは思えない対戦は、0-0のままハーフタイムを迎えた。

 このまま終わるわけにはいかない今治は、後半19分に玉城に代えて長島滉大を、28分には原田亘を下げて内村圭宏を投入。その間、駒野のクロスや橋本英郎のミドルシュートなど、何度かチャンスらしいチャンスは作るものの、得点の匂いは感じられない。今治ベンチは後半42分、37歳のベテランDF太田康介をピッチに送り出す(OUTは有間)。実は3人の交代選手のうち、内村と太田は今季限りでの退団が発表されたばかり。サポーターは万感の思いで声援を送ったはずだ。試合はそのままスコアレスドローに終った。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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