単なる「サクセスストーリー」ではない FC今治のJ3昇格が意味するもの

宇都宮徹壱

前半で2失点。いいところなく敗戦

JFL1年目の鈴鹿は「打倒今治」に燃える 【宇都宮徹壱】

 前節の三重県ダービーをドローに持ち込み、今治の昇格に陰ながら貢献した鈴鹿は第27節終了時点で13位。今季、共にJFLに昇格した松江シティFCが降格の危機に苦しんでいることを思えば、ルーキーイヤーをまずまずの順位で終えることができそうだ。今治とは第6節に対戦しており、0-2と完敗。ただし古参サポーターにとっては、3年前の地域CL決勝ラウンドで1-2で敗れたことが、深く記憶に刻まれていることだろう。すでに相手はJ3昇格を決めているため、「打倒今治」を実現するチャンスはこの試合しかない。

 そんな鈴鹿の挑戦を受ける今治は、前節から橋本に代えて楠美圭史を送り出した以外は、まったく同じスターティングメンバー。すでに優勝の可能性は失われても、残り3試合すべてに勝利しようという小野監督の強い意志が感じられる陣容だ。しかしキックオフ早々、今治はCKから混戦となり、藤沢ネットにあっさり先制ゴールを許してしまう。さらに37分には、右サイドに展開したエフライン・リンタロウがドリブルで持ち込み、左足のミドルシュートで追加点を挙げる。今治が何もできないまま、前半は終了した。

前半に2失点を喫した今治は、後半から橋本を投入するも逆転ならず。今季最後のアウェーは敗戦に終わった 【宇都宮徹壱】

 後半、今治ベンチは楠美を諦めて橋本を投入。この起用意図について小野監督は「攻守にバランスを取りながら、リスクをかけて点を取りにいくため」とコメント。その言葉どおり、後半の今治は中盤の連係で落ち着きを取り戻したものの、「絶対に逆転するんだ」という気迫に欠けるプレーに終始した。後半17分には玉城峻吾に代えて長島滉大、さらに33分には中野圭を下げて原田亘をピッチに送り込むも、流れを変えるには至らず。そのまま0−2で、今季最後のアウェーを敗戦で終えた。

 試合後、鈴鹿の選手とスタッフ一同がスタンドに出向いて、観客にあいさつに回った。ミラ監督や岡山コーチが、今治のサポーターに「昇格おめでとう!」と声をかけていたのは、いかにもJFLらしい光景だ。そのミラ監督、今日の試合について尋ねたところ「今治はやることが明確なので、対策を立てやすかった」とのこと。確かに藤沢とリンタロウの長身ツートップが機能していたが、これは地域リーグ時代から続く鈴鹿の強みである。それを最後まで克服できなかった今治は、来季に向けて少なからぬ課題を残したと言えよう。

Jリーグチェアマンの今治への評価とは?

 鈴鹿戦翌日の18日、東京のJFAハウスにてJリーグの理事会が行われた。メディア向けの会見の冒頭、村井満チェアマンは「今日の理事会で、FC今治のJリーグ入会が全会一致で決まりました」と発表。この日上京していた今治の矢野将文社長も、うれしさと安堵(あんど)感が入り混じった表情をにじませながら、計画中の新スタジアムについても言及。「より多くの皆さんに、夢と勇気と感動と笑顔を与えられるような拠点にしたいと思います」と、J3昇格はあくまでも通過点であることをさりげなくアピールしていた。

 残り2試合を全敗してもリーグ4位以内、そして百年構想クラブの中でも2位以内を確定させ、すでに今季の平均入場者数も3000人を超えている。すべてのJ3昇格条件を満たしたことで、晴れて今治は56番目のJクラブとなった。一方で、ホームタウンの人口はわずか15万人。県内にはすでに愛媛FCもある。それでも村井チェアマンは「サッカーの競技団体を超えて『サッカーで地域社会をどう変えていくのか』に正面から向き合っている。それも東京というマーケットではなく地方で」と今治を評価した上で、こう続ける。

「人口減少、高齢化、そして経済疲弊。日本のどの行政も抱えている問題です。(今治がJリーグ入りすることで)日本全体の地域社会に希望を与える可能性があると思います。新しいスタジアムも、J2基準からJ1基準への拡張性を視野に入れながら、しっかり地域と向き合っている。(JFLで)2年の足踏みがありましたが、場当たりではなく長期的な視野に立ちながら地域とコミュニケーションすることで、Jリーグの理念を体現するクラブとなる可能性を感じています」

 そうなのだ。今治のJ3昇格とは、単に元日本代表監督がクラブオーナーとなって、小さな地方クラブをJクラブに押し上げた「サクセスストーリー」ではない。今治という街を変え、四国を変え、さらには日本社会を変えるという、壮大なストーリーの端緒に過ぎないのである。そのことを確認するために、12月1日に夢スタ(ありがとうサービス.夢スタジアム)で開催される最終節を、現地で見届けることにしよう。そして最後に、あらためて申し上げておきたい。「FC今治、昇格おめでとう」と。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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