敗れてなお美しいオールブラックス サッカー脳で愉しむラグビーW杯(10月26日)

宇都宮徹壱

12年ぶりにW杯で敗れたニュージーランド

スタジアム近くに展示された歴代優勝チームの写真。オールブラックスの3連覇の夢はここについえた。 【宇都宮徹壱】

 後半もイングランドがペースを握る。

 後半5分のベン・ヤングスのトライは、直前のモールでのノックオンがTMOで認められて取り消し。その4分後、フォードのペナルティーゴールで、イングランドが3点を追加する。オールブラックスがようやく無得点から脱したのは後半16分。イングランドのラインアウトからアーディー・サベアがボールを奪ってトライに成功し、さらにリッチー・モウンガがコンバージョンを決めて6点差に迫る。しかしイングランドも、後半22分と29分の連続ペナルティーゴールで突き放す。

 やがて、後半40分を告げるホーンが鳴り響く。6万8843人で埋まったスタンドは、イングランドの応援歌『スイングロー・スウィート・チャリオット』の大合唱で包まれた。そして、ついにノーサイド。イングランドが19−7でニュージーランドを破り、3大会ぶりの決勝進出。そしてオールブラックスのW杯での敗戦は、2007年大会の準々決勝以来のこと(開催国フランスに18−20)。以降の3大会では18試合全勝という、前人未到の連勝記録を打ち立てたチャンピオンは、12年ぶりとなる敗戦をここ日本で迎えることとなった。「えらいものを見てしまった」としか言いようがない。

 イングランドに歴史的な勝利をもたらしたのは、前回大会で日本代表を率いたエディ・ジョーンズHCである。実はこの人、オーストラリア代表のHC時代にオールブラックスに5回勝利しており、そのうち1回は03年のW杯であった。会見で勝因について尋ねられると「相手のエネルギーを削ぐためには、チームの規律が必要。今日はディシプリンをもって、相手の弱みを突くことができた」。さらに「われわれはこの日のために、2年半かけて準備をしてきた。彼らは1週間だった」とも。いかにもこの人らしいコメントである。

 むしろこの日は、オールブラックスのスティーブ・ハンセンHCの態度に心を打たれた。まず「イングランドに『おめでとう』と申し上げたい。自分たちよりもいいチームに負けたのだから後悔はない」と勝者を祝福。そして「全力を尽くして負けたのだから、それを受け止めなければならない。勝った時も負けた時も、同じ人間であり続けなければならない」と続ける。この謙虚で潔い態度、まさにスポーツマンシップそのものと言えよう。この瞬間、私の中でオールブラックスに対する見方が180度変わった。

 実は私はこの試合を、かなりイングランドに肩入れしながら見ていた。別に「エディさんが好き」だからではなく、オールブラックスがあまりにも強すぎると思ったからだ。しかしハンセンHCの会見によって、私は考えを改めなければならないことを痛感した。ニュージーランドはただ強いだけでなく、敗者となった時の佇まいもまた美しいのである。

 そんなわけで、私は決めた。11月1日の3位決定戦では、相手が南アフリカであれウェールズであれ、全力でオールブラックスに肩入れすることにしよう。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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