「初めてのラグビー」への戸惑いと発見 サッカー脳で愉しむラグビーW杯(9月20日)

宇都宮徹壱

「ご近所」で開幕するラグビーW杯

東京スタジアムの最寄り駅・飛田給駅。改札を出たエントランスはラグビー一色のディスプレイが施されていた 【宇都宮徹壱】

 9月20日、ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会2019が開幕した。この日、開幕戦が行われる東京の天候は晴れ。日中の気温は27度とやや蒸し暑い。これを「ラグビー日和」というのかどうかは分からないが、とりあえず雨が降らなくてよかった。

 開幕戦の会場は東京スタジアム(サッカーファンには「味スタ」のほうが通りは良いだろう)。いちおう記者席には屋根は付いているものの、前方の席は雨が降り込んでくるリスクがある。開幕戦の天候にほっとしているのは、われわれ取材者も同様である。

 今大会の日本開催が決まった当初、開幕戦と決勝戦は新国立競技場で開催される予定であった。ところが周知のとおり、スタジアムの設計そのものが見直されることとなり、開幕戦までの完成が間に合わなくなってしまう。結果として東京での開催は、調布の東京スタジアムが使用され、ここをホームスタジアムとしているJ1のFC東京はアウェー8連戦を強いられることとなった(J2の東京ヴェルディは駒沢や西が丘を使用)。札幌、横浜、袋井、豊田、神戸、福岡、大分、熊本でも同様の措置がとられており、サッカーファンはいささか迷惑に感じているかもしれない。

 ところで東京スタジアムは、私の自宅からドア・トゥ・ドアで50分くらいの「ご近所」。そこで「世界3大スポーツイベント」のひとつである、ラグビーW杯の開幕戦が行われるというのは、何とも奇妙な感覚である。京王線の飛田給駅を降りると、改札を出たエントランスはラグビー一色のディスプレイが施されていた。そして会場に通じる道という道では、赤白ボーダーの日本サポーターと対戦相手のロシアのサポーター、それ以外にもさまざまな国からやって来たラグビーファンでごった返している。

 開幕戦特有の晴れがましさをかみ締めながら、実は少なからぬ不安をぬぐえずにいた。それは私がラグビーではなく、これまでサッカーばかりを取材してきたことに起因する。大会前には、ラグビーW杯の周辺取材を続けてきたし、何人かの識者の方にもお話を伺っている。ところが実際に試合観戦するのは、このW杯開幕戦が初めて。かなりの場違いというか、むしろ後ろめたさすら覚える。そんな「サッカー脳」の私が、果たしてどれだけラグビーW杯を楽しめるのだろうか。そう、これはまさに「チャレンジ」なのである。

いちいち感心したり戸惑ったり

日本対ロシアのマッチデー・プログラム。たった1試合のために144ページを費やした豪華な仕上がり。 【宇都宮徹壱】

 和のテイストを前面に押し出したセレモニー、そして今大会の名誉総裁である秋篠宮殿下の開会宣言ののち、ピッチに貼られていたスクリーンが外される。現れたのは、センターサークルもペナルティーアークもない、直線だけで構成されたラグビーのコート。そういえば、このスタジアムにラグビーのゴールポストが屹立しているのも、何とも不思議な光景である。初めてのラグビー取材は、とにかく戸惑うことばかり。何かと勝手が違う「ラグビーの常識」に、いちいち感心したり当惑したりの連続であった。

 まず、記者席に配布されたメンバー表。先発の15人が2日前に発表されたのにも驚いたが、背番号と選手名しか書かれていないシンプルさが実に目新しい。フルバックの15番からスクラムハーフの9番までがBK(バックス)。プロップの1番からナンバーエイトの8番までがFW(フォワード)。数字とポジションが完全に一致しているのがラグビーなのだと、あらためて理解する。ちなみに控えの選手は23名まで。31名全員がベンチ入りしないことも、この日初めて知った。

 今回、最も迷ったのが取材ノートの付け方である。いつもはシステムや選手の配置を確認して記録するのだが、ラグビーはポジションと役割が明確でありながら、選手が横一列になる時間帯も多い。とりあえず印象に残ったシーンをテキスト化することにした。すると開始早々、日本のミスからロシアが最初のトライとコンバージョンキックに成功。またたく間に7点リードされてしまう。トライで5点、コンバージョンで2点。頭では理解していても、サッカーばかり見てきた人間には、いささかギョッとするスコアだ。

 その後、12分と38分に右サイドから駆け上がった松島幸太朗が連続トライ。1本目のコンバージョンに失敗した田村優も、2本目は成功させた。ふと、自分のストップウォッチと公式記録にズレがあることに気付く。ラグビーの場合、アディショナルタイム制でなく、試合の途中で時計が止まるらしい。

 ところが試合終了となる80分、会場に「ボーン」という不思議な音が鳴り響くものの、レフェリーは終了の笛を吹かない。「あれ、やっぱりアディショナルタイムがあるの?」と思ったら、約20秒後にプレーが途切れたところで試合終了。4トライを決めた日本が、30−10でロシアとの初戦に勝利した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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