配置転換を経て石田健大は「吹っ切れた」 先を見ない“大人の投球”で中継ぎの柱に
配置転換で得た新たな発見
逆転優勝を目指すチームにおいて、貴重な左腕としてブルペンを支える 【(C)YDB】
三浦大輔、木塚敦志両投手コーチから、先発に向けての調整に入るようにと伝えられたのは、阪神戦の6日後、7月10日のことだった。
先発に復帰して、また新たな発見を得る。「あ、これでも5回、6回は投げられるんだ」。自らのタンクに積める燃料の量はさらに明確になった。そして、力ある直球で押す投球の副産物として、かわすボールも生き始めた。
歩みを振り返りながら、石田はちょっと意外なことを言った。
「先発だと(無意識に)先を見てしまうところはあるし、ぼく自身、まだまだ若かったな、と。今年は先を見ずに、『5回でも全然いい』という気持ちで投げていました」
先々のイニングを見据え、うまくペース配分をするのが「大人」の投球――そう思ってしまいがちだが、石田はそれを「若さ」と捉えた。むしろ、ある種向こう見ずなメンタルをマウンド上で保ち、目の前の打者一人ひとりにフォーカスする姿勢こそが「大人」の投球。言うなれば若かった自分からの脱却であり、成長の証なのだ。
2018年から19年にかけて、石田の精神的な成熟はいっきに進んだように思える。今シーズンから選手会長になり、先日、チームが発表した終盤戦の合言葉「一生残る、一瞬のために」を考案するプロセスでも、キャプテンの筒香とともに中心的な役割を担った。
大人になるとは、ただ年齢を重ねることを意味しない。全体への俯瞰的な視線、他者の意見や行動を学びとし柔軟に取り入れること、利他の精神と実践など、いわば人間の器を広げることが、大人の階段を上るということだろう。
チームのために「意識的」に変えたこと
「正直に言えば、意識的ですね。本当はやりたくないんです。もちろん、抑えたら『よっしゃ!』という気持ちはありますけど、それをやると『自分の仕事は終わった』感が出てしまう。自分としてはあまりよくないのかなと思って、出さないようにしていました。
でも、別に隠さなければならない感情ではないし、選手やお客さんがそういう姿を見ることで、勢いだったり、いい雰囲気が生まれるのであれば……。(派手なガッツポーズなどを)やっている選手を見ていて、雰囲気が変わるなということはぼくも感じていたので、やってみようと思ったんです」
石田が目にしたのは、たとえば今永昇太や濱口遥大など、年下の投手ではなかったか。彼らの姿を横目に、「ぼくはぼくのやり方で」と意地を貫くことはできたはずだ。だが石田はそうしなかった。チームのためになるなら自分が変わればいいと考え、行動した。
先発で投げた6試合を指し、「きれいなマウンドに立つのは特別だな、と。ダメだった試合はなかったと思っている」と石田は言った。長いイニングを投げるスタミナについても「1カ月、2カ月やっていくなかで体も慣れてくる。やっと慣れてきたところ」と語っていた。
先発として、これから歩む道を思い描いた矢先の再配置転換。ためらいや不満を抱くことなくうなずけたのは、それが優勝を争うチームのためになるとすぐに思えたからにほかならない。
「先発だったら、多くても4、5回しか投げられないところを、どの試合でも行ける状態をつくる。左の中継ぎが少ないなかでそういうポジションを任せてもらえることには、ありがたい気持ちもあります。どこで投げるにしても、やることは変わらない。いままで通りでいいと思っています」
苦難の昨シーズンを乗り越え、気づけば、先発でも中継ぎでも安定して力を発揮できる頼もしい投手になった。シーズン終幕まで、まもなくカウントダウンが始まる。それを優勝までのカウントダウンにするために、貴重な左腕の活躍は欠かせない。
背番号14は、誰かが残した足跡の上に立ち、チームのために腕を振る。