「これぞ田中恒成」とは言えぬ防衛戦 スピードへの回帰を果たせなかった理由

船橋真二郎
 8月24日、愛知・武田テバオーシャンアリーナで行われたWBO世界フライ級タイトルマッチは、チャンピオンで世界3階級制覇の田中恒成(畑中)が7ラウンド2分49秒TKO勝ちを収めた。同級1位の指名挑戦者ジョナサン・ゴンサレス(プエルトリコ)から3ラウンドに1度、7ラウンドに一気に3度のダウンを奪ってフィニッシュ。このタイトル2度目の防衛に成功し、デビュー以来の全勝レコードを14(8KO)に伸ばした。

「苦しい展開でしたけど、何とかKOできてよかったです。ちょっとうまくいきませんでしたね。内容は最悪です」

 試合後のリング上、インタビューに応えたチャンピオンの吐き出した言葉がこの試合のすべてだった。

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パワーで勝つのは「分かっていた」

田中は挑戦者ゴンサレス(写真右)に苦戦を強いられながらも、最後は「パワー」のボクシングにシフトし、2度目の防衛を果たした 【写真は共同】

 引いて、待ち構えるサウスポーのゴンサレスに開始から手を焼いた。田中が終始、ロープ際、コーナーへと追い込んでいくが、踏み込んだところにカウンターを合わされ、あるいは先に回転の速いコンビネーションをまとめられては動かれ、ずるずるとペースにはまっていった。

 3ラウンドにストマックをカウンターで捉えた右ボディストレートでダウンを奪ったものの、4ラウンドにはゴンサレスをコーナーに詰めたところで左を合わされて尻もちをついてしまい、なかなかリズムに乗ることができない。

 6ラウンドが終わった時点で公式のスコアは54対58、55対57、56対56と0-2のビハインド。田中は7ラウンドに一転、距離をつぶしてゴンサレスを押し込み、ボディブローで立て続けにダウンを奪う。さらに左ボディから右アッパーの3連打を挑戦者のボディにしつこく見舞うと、このラウンド3度目のダウン。これが世界初挑戦のゴンサレスも意地で立ち上がり、場内をどよめかせたものの、それ以上の続行をレフェリーが許さなかった。

 最後は「パワー」のボクシングにシフトし、苦闘を制したのだが、田中がこの試合に求めていたものは、KOという結果だけではなかった。

 ゴンサレスの公開練習を視察した父の田中斉トレーナーが「恒成が劣っているところは一つもない」と自信を示していたように、アマチュア経験も豊富なトップコンテンダーといっても、力の差、能力の違いはあった。田中自身、「(ああいう勝ち方ができるのは)分かっていました」と試合後に振り返っている。

 昨年9月の木村翔(青木)戦、今年3月の田口良一(ワタナベ)戦と続いた日本人対決では、いずれも好戦的なタイプである相手の土俵で真っ向勝負を挑み、勝利を収めている。「パワー」でつぶしにいけば、結果を出せることは自分自身に対しても証明済みだったのだ。

強い世界チャンプは、自分の型を持っている

 本来の武器である「スピード」への回帰を掲げて臨んだ今回の一戦。結果ではなく、そのプロセスこそを田中は求めていた。

 相手に合わせるのではなく、「スピード」を軸に自分主導で展開を組み立て、フィニッシュへと結びつける。それが試合前に繰り返してきた「スピードのある相手をスピードで圧倒して、必ずKOします」という宣言であり、そういう意味で「内容は最悪」だったのである。

 いつか田中がこんなことを言っていたことがあった。

「強い世界チャンピオンはみんな、自分の型を持っていて、そこに相手をはめ込んでいく。そういう意味では、オレは全然ダメ」

 相手に応じた戦いができるのは、オールラウンドな能力を備える田中の強みではあるのだが、そんな自分を脱却したい、と。

 だからこそ、「パワー」への自信も持ち、「スピード」を取り戻すことをテーマにしていた今回の試合で「これぞ田中恒成」という“型”が見えてくることに期待をしたのだが、期待通り、もしくは期待を超えることは、残念ながらなかった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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