日大三高・小倉監督が語る時代の変化 夏の甲子園で重要なのは「球数より休養」

松尾祐希

「打者は1日休んだらバットが重くなったと言っていた」

休息日を1日挟むことで投手にとっては良かったが、打者にとってはデメリットもあったという 【松尾祐希】

――日程に関する過去の経験で、思い出せるものはありますか?

 01年の夏の甲子園で優勝を果たしたのですが、台風で決勝が1日順延になったんですよ。そうしたら投手はラクになったと言いましたね。でも、打者は1日休んだらバットが重くなったと言っていました(笑)。

 おそらく、感覚的なものですね。1日空いたら野手はそう言っていましたね。良い休養日になったのは間違いないのですが、張り詰めていたものが切れてしまったんだと思います。台風で1日延期になったので、そこで気が緩む難しさがあった。でも、投手はラクになりましたね。

――投手にとって、1日の休息はやはりかなり重要ということですね。

 01年の当時は、準々決勝、準決勝の休みがなかったんですけれど、うちの場合は(台風で)1日投手が休んでラクになった。あの甲子園を使うのも大変なワケだから、休養日を設けるのは大変。なので、日程的な休みを作っていただいたのは本当にありがたいです。

――都大会でも暑さの問題はあります。来年は東京五輪の関係で神宮球場が使えませんが、準決勝以降は東京ドームで行われます。

 まずはそこまで残らないといけないけれど、東京ドームで準決勝と決勝をやることは、暑さがないので本当にラクだと思いますね。ただ、東京ドームでやるとなれば、白い屋根なのでボールが見えづらくなってフライを取れないんじゃないかなと。何が起こるか分からないですね。

――選手によって同じ球数を投げていても負担の大きさは違いますよね。選手一人一人合ったやり方を見いだすのもいいですよね。

 そうですね。今の時点ではやっぱり、高野連さんがやってくれている日程の休養日を入れる案が一番ですね。

小倉全由

【松尾祐希】

1957年4月10日生まれ。日大三高時代は二塁手としてプレー。日本大学進学後から指導者の道を志し、卒業後に関東第一高の監督に就任した。87年の選抜高等学校野球大会(春の甲子園)で準優勝に導くと、97年から母校の監督に。2001年に初めて全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)を制覇し、11年には吉永健太朗(JR東日本)を要して2度目の歓喜を味わった。

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著者プロフィール

松尾祐希

1987年、福岡県生まれ。幼稚園から中学までサッカー部に所属。その後、高校サッカーの名門東福岡高校へ進学するも、高校時代は書道部に在籍する。大学時代はADとしてラジオ局のアルバイトに勤しむ。卒業後はサッカー専門誌『エルゴラッソ』のジェフ千葉担当や『サッカーダイジェスト』の編集部に籍を置き、2019年6月からフリーランスに。現在は育成年代や世代別代表を中心に取材を続けている。

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