連載:真夏の日本一はどう決めるべき? 現場からの生の声

小嶺監督は過酷な総体の現状をどう見る? 「議論は大事。知恵と工夫が出てくる」

松尾祐希

「現代の子達に合わせてやっていかないと」

「周りは小嶺さんが甘くなったというけれど、現代の子達に合わせてやっていかないと」と小嶺監督 【松尾祐希】

――ここまで改革するための方法論をうかがいしましたが、そもそもインターハイを暑い場所で行うのはどうお考えでしょうか? 持ち回りでやるのか、それとも固定して涼しい場所でやったほうがいいのかも含めて、教えてください。

 涼しい場所に固定したほうがいい。ただ、高体連にいる以上、固定開催の実現は難しいし、嫌がるでしょうね。もし高体連所属のままでインターハイをやるのであれば、沖縄でやってもいいから試合を1日置きにやるべき。そして、日程も調整して、他競技よりも前倒しでスタートさせるしかない。

 あとは涼しい時間に試合を行う。そうなれば40分ハーフで試合もできる。もちろん、暑さは厳しいから大変だけれど、ある程度は選手に無理はさせないといけないからね。

――なるほど。暑さが厳しい場所で試合をすれば、選手へのダメージが大きくなりますが、選手たちのメンタルも鍛えられます。

 今の選手はビニールハウスの中で育てられたような子供たちだから、忍耐力も含めて弱いんですよ。だから、今のままで試合をすれば熱中症がたくさん出るはず。この夏は1カ月の日程で遠征に行くけれど、4日やって1日は練習を休みにして完全フリーにしています。

 こんなことは10年前は考えられなかった。周りは小嶺さんが甘くなったというけれど、現代の子達に合わせてやっていかないといけない。そこは今の現状や生徒の体力を見ながらやりながら、その中で心も強くしていかないといけない。

――タフさを養わないと世界で戦える選手は生まれてきませんよね。

 選手の強化にも目を向けないといけない。世界の大会は厳しい場面がたくさんあるわけだから。例えば、私たちは人工芝の練習場を使っているのですが、俺からすればこれで本当にいい選手が生まれるのだろうかと。恵まれた環境を与えていても、本当のJリーガーが生まれるのかなと。今後競争をしていくと、どこかで挫折するんじゃないかと思う時がある。

――色々考えるべきことややることはありますね。その中で、まずは登録人数の問題と日程を緩めるというのが早急に考えたいことということですね?

 そうやね。各県の代表者を集めて、全国大会に連れて行くような若い指導者も入れてやりたい。運営をする側はある程度度外視して、本当に現場にいる指導者、すでに引退した人なども織り交ぜて、30人ぐらいで検討会を開いた方がいい。

――一箇所に集まるのが難しくても今の時代はテレビ電話もありますし、インターハイの監督会議でそう言う話を出してもいいですよね。

 いいと思います。選手権の監督会議後に1時間ぐらい話してもいいですしね。

小嶺忠敏

1945年6月24日生まれ。長崎県出身。現役時代は島原商高と大阪商業大でプレー。卒業後に指導者のキャリアをスタートさせ、1968年から母校・島原商高で指揮を執る。1977年には長崎県勢初のインターハイ優勝にチームを導いた。1984年からは国見高で監督を務め、インターハイを5回、高校サッカー選手権を6回、全日本ユース(現高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグプレミアリーグ)を2回制覇。一時代を築き、大久保嘉人(ジュビロ磐田)などのJリーガーを多く育て上げた。現在は長崎総合科学大附高で監督を務め、長崎県屈指の強豪校に育て上げるなど、その情熱に衰えはない。

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著者プロフィール

1987年、福岡県生まれ。幼稚園から中学までサッカー部に所属。その後、高校サッカーの名門東福岡高校へ進学するも、高校時代は書道部に在籍する。大学時代はADとしてラジオ局のアルバイトに勤しむ。卒業後はサッカー専門誌『エルゴラッソ』のジェフ千葉担当や『サッカーダイジェスト』の編集部に籍を置き、2019年6月からフリーランスに。現在は育成年代や世代別代表を中心に取材を続けている。

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