松木×亀田×ボートレーサー スペシャル対談
VOL.1  世界王者もビックリの3カ月で11キロ減量!?

提供:BOATRACE

(写真右から)松木さん、亀田さん、そしてボートレース甲子園に出場する片岡選手、飯山選手によるスペシャル対談が実現
(写真右から)松木さん、亀田さん、そしてボートレース甲子園に出場する片岡選手、飯山選手によるスペシャル対談が実現【スポーツナビ】

 高校球児たちの夏本番――聖地・甲子園を目指し、連日全国各地で熱戦が繰り広げられている。そして“熱い”のは何も土のグラウンドだけの話ではない。水上でも高校生たちに負けない『甲子園』の名前を冠する激闘が始まろうとしていた。


 7月23日(火)〜28日(日)にかけて、ボートレース浜名湖で「第1回全国ボートレース甲子園」が開催される。これは今年から新設されたグレードレースで、その名の通り、全国47都道府県を代表するトップレーサーが一堂に会し、頂点を目指して戦う夏の一大イベントだ。


 そして、初開催となるボートレース甲子園をさらに盛り上げるべく、松木安太郎さん、亀田興毅さん、そしてボートレース甲子園に出場する長野県代表の飯山泰選手、同じく高知県代表の片岡雅裕選手によるスペシャル対談が実現。4つのテーマに合わせて、本番のレースさながらの熱いトークが展開された。


 第1回のテーマは「あの苦労があるからこそ今がある」。下積み時代を振り返る中、元3階級王者の亀田さんも驚くボートレーサーの過酷な減量生活の話が飛び出しました。(聞き手:吉原完/フリーアナウンサー)

練習場所に通うだけで往復5時間!

――今回は全国ボートレース甲子園という、47都道府県から各1名代表選手を集めて行われる大会が、7月に開催されます。飯山選手も片岡選手も参加されるわけなんですけれども、今日はそれを企画した対談。ですから、このようにバラエティーに富んだ皆さんに、今日は来ていただきました。「甲子園」といえばやっぱり皆さん、青春というイメージがあると思いますが……


松木 ありますね。


――ですから、今日はアオハルですよ。青春を大きなテーマとしてトークをしていきたいと思います。


松木 “青い春”と。そういうことね。


亀田 あぁ、アオハル……今になって効いてきました。


――(笑)。


松木 ジャブが(笑)。


亀田 そういうことなんですね(笑)。


――そして最後に、一番私の心に残ったエピソードに対してはMVPとして、私が称えたいと思います。


松木 称えるだけですか? 何かごちそうしていただけるとかないんですか?


――それはあの、こちら(ボートレーサー)のお二人のほうにお願いしようかな。何か今日は地元のお土産を持ってきているとか?


片岡 はい、持って来てはいるんですが(笑)。


――それをプレゼントするというのもね、いいかもしれないですね。さあ、それではさっそくですね、第1回のトークテーマに入っていきたいと思います。下積み時代から振り返ります。「あの苦労があるからこそ今がある」ということでございまして、まあ下積み時代の話ですよね。松木さんからお願いします。

現役時代の苦労話を披露してくれた松木さん
現役時代の苦労話を披露してくれた松木さん【スポーツナビ】

松木 僕の場合、皆さんと違ってサッカーがメジャーじゃない頃のサッカー選手ですから、日本国内では相当マイナーだったので、「本当に大丈夫なのか?」なんて言われながらもサッカーのトレーニングをしていたというのが僕の若いころでして。まあ、どれが下積みかって言われたらもうほとんどが下積みみたいのものでしたけど。僕は東京生まれなんですけど、住んでいるのは千葉県なんですね。で、千葉県から東京を挟んで僕の最初のクラブチームっていうのは、読売クラブという今の(東京)ヴェルディですね。みなさんご存じのように読売ランドという遊園地の横にグラウンドがありまして、そこにとにかく毎日通っていたというのが僕にとってはすごい下積みかな。特に今は電車で言うと、小一時間もあれば行っちゃうんですよ。ところが昔は、片道2時間半くらいかけて行って、だから往復で5時間ですよ。で練習を2、3時間やって、時間も遅くなるし次の日もまた学校行かなければいけないという、その繰り返しですから。

読売クラブ時代の松木さん(写真左)
読売クラブ時代の松木さん(写真左)【写真:アフロ】

松木  今の若い選手はJリーグの下部組織に入っている選手なんかは、例えば遠征に行くときは一筆書いてもらうと、学校を休めて行けたりするという状況ですけど、僕らの頃は自分で選んで学校も探さなきゃいけないし、ほんとに自分の中でこの競技をなんとか頑張っていこうっていう思いがないと、なかなかうまくいかない。だからやっぱり若さというか、その下積みというか、本当に若くて自分が何かに燃えているとき、「選手になりたい」っていうそういう思いがあったからできたんだなって、今つくづく思いますね。「少しでも、一歩でも上へ行けるように」という思いが自分を支えてきたのかなっていう部分では、下積みがなければ今の自分はないなって思いますね。


――今の解説も本当に大好きでございます。


松木 ありがとうございます(笑)。それ最初に言ってほしかったなぁ(笑)。

ボートレーサーになるために過酷な減量生活

――続きましてボートレーサーにもお話しいただきましょう。まずは飯山選手、下積み時代のお話をお願いします。


飯山 僕は高校3年生の時にボートレーサーを目指しました。当時は長野に住んでいましたので、ボートレースとかも知らなかったんですけど、ゲームセンターのメダルゲームでボートレースのことを知ったんです。それで本屋さんに行って資格の本を見て、選手を目指そうとした日に体重計に乗ったら63キロあったんですよ。その資格の本には55キロ以下って書いてあったんですね、男子で。これは落とさなければいけないと。


亀田 8キロ減量ですね。


飯山 はい。でも、当時減量の仕方とかよくわからなかったので、とにかく学校が終わったら山に走りに行って、日が暮れるまで走って帰ってきて、のどが渇いたからコーラがぶ飲みして。


――コーラは良くない気がしますけど。


飯山 コーラ飲まないとやってられないんですよ。


(一同笑)


――気持ち的に?(笑)。


飯山 そこだけはちょっと許してあげて、あと食事はこんにゃくと豆腐をメインに節制して、そしたら3カ月で63キロから52キロになりました。


亀田 すごいですね。いや、ホンマにすごいですよ。3カ月で11キロ落とすなんて。


飯山 それはもうどうしても選手になりたかったので。その時にギュッと絞ったから今はずっと維持できていますね。


亀田 それからずっと体重をキープされているんですか?


飯山 そうですね。それから試験受けて、たまたま運よく1回で受かりましたので、それから体重は常に気を付けています。

飯山選手(左)と片岡選手も、それぞれの修業時代を語ってくれた
飯山選手(左)と片岡選手も、それぞれの修業時代を語ってくれた【スポーツナビ】

最下位の連続……ショックを受けたデビュー戦

――それでは片岡選手にも聞いていきましょう。


片岡 やっぱり僕は選手になってから、デビュー戦と二節目、これがもう凄い散々な成績で。「僕の後ろを走った人がいない」くらいの成績でした。もう最下位、最下位、最下位で、アクセルのレバーを握るタイミングも先輩方が速いので、これはもう技術の差が凄いあるなって思ってショックを受けました。でも、そこからとにかくボートに乗らないといけないなと思って、練習に行けるときはずっと本当に乗り続けていました。どれくらい成長してるんやろうとか正直分からないんですけど、とにかく乗ろうと思って乗っていたのが今、活きているのかなって思います。


――最初のデビューしたての頃のショックと言いますか、それが大きな刺激になっていると?


片岡 すごく衝撃的でした。あそこまで6等取らされるとは思わなかったので。

構成:スポーツナビ

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