悲願校
首都を代表するアップセッター
東京実の華麗なる“大物食い”遍歴

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強豪を倒す原動力となるのは機動力と守備。選手たちは多摩川の河川敷で練習に励む
強豪を倒す原動力となるのは機動力と守備。選手たちは多摩川の河川敷で練習に励む【田澤健一郎】

 スポーツにおいて、ファンや観衆を熱狂させるのが「番狂わせ」。格下と思われていたチームが、予想を裏切って格上に勝利するシーンは劇的だ。そして、高校野球の世界には、そんな「番狂わせ」を得意とするチームも存在する。優勝には至らないが、これまで何度も優勝候補に煮え湯を飲ませてきた、東京のアップセッター悲願校、東京実。その野球の真髄に迫る。

強豪から恐れられ「帝京キラー」の異名も

 東京の代表的悲願校といえば、東なら東海大高輪台、西なら日野だが、どうしても触れておきたい、もうひとつの悲願校がある。東東京の東京実だ。夏の東東京大会での決勝進出歴はない。ベスト4は3回、ベスト8は5回。秋春はベスト8が最高成績だ。だが、東京の高校野球ファンであれば知っているはずだ。東京実が「大物食い」として強豪校から恐れられてきた高校であることを。


 特に1996年夏は、エース・白木隆之を筆頭に、前年夏、全国制覇をしたメンバーが主力で、春の選抜にも出場していたチームに勝ったことで名をはせた。さらに、2003年夏にも優勝候補筆頭だった帝京を5回戦で退けたことで、「東京実=アップセッター」というイメージが定着。「帝京キラー」という異名も付いた現在、そんな東京実を率いるのは就任38年目の山下秀徳監督。1957年生まれ、宮崎県出身。宮崎の古豪・高鍋から日体大と野球部に所属。教員を志し、桜美林で講師を務めたあと、1981年4月に東京実へ。赴任と同時に監督となって今に至る。


「大物食い、ということは、チームとしては力が劣るが、結果的に勝った、ということ。自分としては悔しいし、複雑な気持ちもありますね(苦笑)」


「大物食い」と呼ばれることへの感想をそのように語ってくれた山下監督。目の前のグラウンドには練習に励む選手たち。

田澤健一郎

1975年生まれ、山形県出身。高校時代は山形県の鶴岡東(当時は鶴商学園)で、ブルペン捕手や三塁コーチャーを務める。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスの編集者・ライターに。野球などのスポーツ、住宅、歴史などのジャンルを中心に活動中。共著に『永遠の一球 〜甲子園優勝投手のその後』(河出書房新社)など。

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