悲願校
夏の大阪で準V4度“知られざる強豪”
大商大堺は甲子園をあきらめない

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大商大堺はもともと攻撃力が武器のチーム。全員野球で激戦区の突破を目指す
大商大堺はもともと攻撃力が武器のチーム。全員野球で激戦区の突破を目指す【写真:読売新聞/アフロ】

「都道府県内では多くの実績を残してきたのに、甲子園とは縁がない」という悲願校において、典型的悲願校という呼び名がふさわしいチームが大阪にある。上位進出歴は大阪だけにとどまらず、レベルの高い近畿でもその名を刻むほど。本当になぜ甲子園に出られないのか、もはや謎レベルの高校が、初の聖地へ向けて、リスタートを切った。その「改革」を追う。

甲子園に直結しない春は近畿で準V2度

 長く高校球界に名を轟かせる強豪校を輩出してきた大阪は、高校野球の「本場」ともいうべき土地だ。悲願校の世界においても、大阪には全国有数の歴史を持つ高校が存在する。大阪商業大学堺高校、通称・大商大堺である。


 夏の府大会準優勝は4回(うち1回は南大阪大会)。1986年は、お互い夏の初出場を狙った泉州(現・近大泉州)に敗れた。以降、2003年はPL学園に、2005年には大阪桐蔭に、2018年には近大付に聖地行きを阻まれている。


 選抜につながる秋も惜しい戦いがある。初の準優勝と同じ1986年の秋、大阪2位で出場した近畿大会で滋賀の高島を降し、準々決勝進出。あと1勝で選抜出場が決定的になるという試合の相手は、大阪大会準決勝で勝利していたPL学園。しかし、この再戦は府大会とは逆にPL学園が勝利。前半で5対1とリードしたが4点差を逆転された。ちなみにこの世代のPL学園は、翌年、春夏甲子園連覇を達成する。大商大堺は大金星を逃した。

田澤健一郎

1975年生まれ、山形県出身。高校時代は山形県の鶴岡東(当時は鶴商学園)で、ブルペン捕手や三塁コーチャーを務める。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスの編集者・ライターに。野球などのスポーツ、住宅、歴史などのジャンルを中心に活動中。共著に『永遠の一球 〜甲子園優勝投手のその後』(河出書房新社)など。

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