悲願校
唯一の私立未出場県・徳島
生光学園は県史上初の快挙を目指す

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「徳島県初の私学の甲子園出場」を目指す生光学園。県内屈指の有力校であり続ける
「徳島県初の私学の甲子園出場」を目指す生光学園。県内屈指の有力校であり続ける【写真:読売新聞/アフロ】

 私が悲願校ウォッチングを始めてから、ずいぶんと長い時間が経った。それはたくさんの高校が「悲願校」を卒業していったということでもある。その中で徳島の生光学園は、「古株」の悲願校。単純な県内上位進出成績では全国有数の悲願校といえるだろう。だが、生光学園の悲願には、全国で唯一、徳島県だけが甲子園の歴史に刻んでいない快挙もかかっている。今春には取材時の河野雅矢監督が部長になり、幸島博之部長が監督に就任するなど、悲願成就へ向けてテコ入れを行った生光学園の偉業にかける思いとは?

かなり強い、なのになぜ甲子園を逃すのか

 高校野球が私立全盛時代になって久しい。かつての公立名門校が、甲子園どころか県大会でも苦戦している例もよく見かける。そんな中、意外にも夏の49地区に1地区だけ、いまだ私立校の甲子園出場がない地区がある。それが徳島県だ。ただ、徳島県には私立校が3校しかない。さらに3校の中で硬式野球部があるのは1校、生光学園のみなのだ。ただ、そもそも1校しか私立校が参加していないのだから、私立校の出場確率は低い。つまり、その1校、生光学園の野球部が弱ければ「私立の甲子園出場ゼロ」記録は比較的容易に継続されていくわけであり、騒ぐほどの記録ではない。


 が、じつはこの生光学園の野球部は強い。それもかなり強い。


 初参加となった1981年の夏の徳島大会でいきなりベスト8。1985年春には初のベスト4入りを果たし、この頃から上位常連に。そして1995年夏、決勝に初進出。のちにプロで活躍する武田久(元・日本ハム)が2年生エースとして奮闘したが、1対16で鳴門に大敗。しかし、武田が残った新チームは同年秋には優勝。四国大会に進出する。だが、岩村明憲(元・ヤクルトほか)が主砲を打つ宇和島東に敗れ、選抜には手が届かなかった。

田澤健一郎

1975年生まれ、山形県出身。高校時代は山形県の鶴岡東(当時は鶴商学園)で、ブルペン捕手や三塁コーチャーを務める。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスの編集者・ライターに。野球などのスポーツ、住宅、歴史などのジャンルを中心に活動中。共著に『永遠の一球 〜甲子園優勝投手のその後』(河出書房新社)など。

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