GWに読みたい!サッカー書籍3選 戦術モノ、選手モノでもない「多様性」
サッカー特有の多様性を実感させてくれる3冊を紹介 【スポーツナビ】
先日、久々に書店のスポーツコーナーを覗いてみたのだが、置かれているサッカー本は「戦術モノ」か「選手モノ」が非常に多かった。版元としてはどちらも「鉄板」なのだろうが、「戦術モノ」にハードルを感じる人はやっぱりいるし、「選手モノ」は基本的にファンでなければ食指が動くことはない(だから知名度のある選手の本ばかりが出版される)。今回はあえて、これらのジャンルは選外とした。
では、どんな基準で選んだのか? 私が重視したのは「多様性」である。サッカーの魅力は、105×68メートルのピッチ内だけで完結するものではない。今回選んだ3冊は、いずれもサッカー特有の多様性を実感させてくれそうな作品ばかりである。
イラストからにじみ出る誠実さ
サッカーことばランド(金井真紀、熊崎敬/ころから) 【スポーツナビ】
可愛らしいイラストが散りばめられた、まるで絵本のような装丁。子供向きのようにも見えるが、ページをめくると大人でも(いや、むしろ大人のほうが)楽しめる内容となっている。サッカーに関する「世界で拾い集めたへんてこワード」が、これでもかとばかりに紹介されていて、それらがいちいち面白いのだ。例えば「ストライカー」。ロシア語だと「密猟者」、ペルシャ語だと「死人を食べる」、マレー語だと「ニワトリどろぼう」という意味の言葉が使われているのだそうだ。
思わず「へえ!」と声をあげたくなる表現も。中国ではゴールラッシュのことを「梅が二度咲く」、ルーマニアでは下手くそのことを「キャベツ」、ブラジルではミスが多いGKのことを「レタスの手」というらしい。各国のナショナルチームの愛称も興味深い。フィリピン代表は「野犬」、ベネズエラ代表は「赤ワイン」、インド代表は「青いトラ」。なぜインドのユニホームがブルーなのか、ずっと不思議に思っていたのだが、本書によれば「シヴァ神の肌の色に由来する」のだそうだ。知らなかった!
内容のユニークさもさることながら、著者のひとりである金井真紀さんのイラストが本当に素晴らしい。常にユーモアを感じさせつつも、読者に対する誠実さがにじみ出ているのだ。例えば「ブラジルらしさ」を表現するのに、彼女は国旗でお茶を濁すようなことはしない。《ブラジルの絵地図をながめたり、南米に住む生き物の写真を見たりして、ブラジルらしさを探し》続けたそうだ。作り手の真心が詰まった良書だけに、親子で一緒に読んでみることをお勧めする。
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兄弟を知ることでJリーグのヒントにも
MLSから学ぶスポーツマネジメント(中村武彦+LeadOff Sports Marketing/東洋館出版社) 【スポーツナビ】
次に紹介するのは、一転してスポーツビジネス系。タイトルと装丁から堅いイメージを抱くかもしれないが、ページを開くとすいすい文章が頭に入ってくる。著者の中村武彦さんは、マサチューセッツ州立大学アマースト校のスポーツマネジメント学科で学び、インターンを経て日本人として初めてMLS国際部に入社。さらにFCバルセロナ国際部を経て、2015年にブルー・ユナイテッド社を設立し、日米のクラブがハワイで激突するパシフィック・リムカップを創設した。この業界では数少ない「知米派」でもある。
海外サッカーというと、われわれはまずヨーロッパの5大リーグを思い浮かべるが、MLSは「2022年までに世界一のリーグを目指す」という野望を抱いている。1996年に開幕した当初は「サッカーが4大スポーツに割って入るのは無謀すぎる」と思われていたし、実際に危機的な状況を迎えた時代もあった。しかし17年の平均入場者数は2万2106人を記録し、これはNFLとMLBに次いで3番目に多い数字である。MLSの成功の背景には何があったのか、本書では非常に分かりやすく明快に解説されている。
アメリカはスポーツビジネスの先進国であり、MLSはスタートから20年を過ぎた今でも、スタートアップの気概に満ちている。その方面に関心がある人にもお勧めだが、私はむしろ「米国サッカーとMLSの歴史」のくだりを興味深く読んだ。Jリーグと欧州リーグとでは歴史が違いすぎるが、MLSであれば兄弟くらいの年齢差であり、彼らが歩んできた紆余(うよ)曲折はJリーグに通じるものも少なくない。MLSの発展プロセスやビジネスの発想を学びつつ、兄貴としての面目を保つためのヒントを見いだしたいところだ。
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芥川賞作家が描く国内2部のサポーター小説
ディス・イズ・ザ・デイ(津村記久子/朝日新聞出版) 【スポーツナビ】
最後に紹介するのはサッカー小説。朝日新聞の連載小説を書籍化したものである。作品の舞台は、国内プロサッカーリーグの2部。所属する22チーム、それぞれのリーグ戦最終節11試合において、両チームサポーターの人生と感情が交錯するさまを描いている。登場するクラブは、ネプタドーレ弘前とかヴェーレ浜松とかモルゲン土佐とか、実際のJクラブを想起させるものもあれば、Jクラブがない土地をホームにしているものもあり、それぞれにエンブレムが設定されているなど芸も細かい。
これまでにもサッカーを題材にした小説を何冊か読んだことがあるが、最後まで面白く読み切ることができたのは本書が初めてかもしれない。なまじ書き手にサッカーの知識があると、かえってプレーの描写や選手の心理描写にリアリティが感じられなくなることがままある。ところが本書の場合、あくまで主体は試合を見ているサポーター。彼らの心情や日常が中心に置かれ、試合に関する描写は極めて限定的である。この間接的なサッカーの描き方こそが、物語のリアリティを担保しているように私には感じられた。
以前、作者の津村記久子さんにインタビューしたことがある。「サッカー観戦は好きだけれど、なぜ点が入ったのか分からない時がある」そうで、今回の作品も「サッカーファンが認めてくれるか不安だった」とも。いちサッカーファンとしては、芥川賞をはじめ数々の文学賞を総なめにした作家が、国内リーグ2部の世界観を瑞々しい筆致で表現してくれたことが、何よりうれしく思う。サポーターを自認する人であれば、いちいち共感することの多いこの作品。未読の方は、この機会にぜひ手にとってほしい。
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