清原和博への告白
『最後のバッテリー』悔いなき終わり
清原和博に敗れた男たちの告白

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PL学園の清原と桑田。KKコンビが甲子園を席巻した
PL学園の清原と桑田。KKコンビが甲子園を席巻した【写真は共同】

1985年夏 準々決勝

高知商 3−6 PL学園


 1985年夏。高校球児・清原和博にとって、最後の夏が始まった。

 その年の春、清原を抑え込んだ伊野商・渡辺富男を打ち崩し、高知県代表となったのは、同じく豪腕・中山裕章擁する高知商だった。

 準々決勝、中山は146キロ、渾身のストレートを清原に投げ込む。その瞬間、捕手・岡村英人は「なぜか景色がスローモーションになった」ことを覚えていた……。

清原最後の夏、事実上の決勝戦。

 マスク越しに空が見えた。スタンドのはるか上、真っ青の中を白いボールが飛んでいく。高知商の正捕手・岡村英人は思った。

「甲子園で場外まで飛ばした奴って、おるんかな……」


 1985年の夏、清原はすでに並ぶもののいない怪物だった。1年生の夏に4番打者として全国を制してから5季連続の甲子園出場。ただ、2年生以降は、あと1歩のところで優勝を逃していた。迎えた最後の夏、勝たなければならない重圧からか、清原は準々決勝までホームランを打てていなかった。そんな中で、剛腕・中山裕章を擁する高知商とPL学園が激突した。それは事実上の決勝戦とも言われていた。

 試合は、高知商が2回に先制したものの、4回に逆転された。そして、2−4とリードされた5回、中山と岡村のバッテリーは清原を3度目のバッターボックスに迎えたのだ。

 相手の4番をねじ伏せることで、もう1度、流れを変えたい。2人はそう考えていた。だから、追い込んだ後の勝負球は決めていた。

「最後はインコースの真っすぐと決めていました。清原は内角に穴があると言われていましたから」

鈴木忠平

スポナビDo

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