清原和博への告白

Y校エースの諦念「打たれる運命だった」
清原和博に敗れた男たちの告白

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清原に甲子園初ホームランを許した横浜商のエース三浦(右)。新球フォークボールに泣いた
清原に甲子園初ホームランを許した横浜商のエース三浦(右)。新球フォークボールに泣いた【写真は共同】

 1983年の夏、甲子園の決勝で、PL学園は横浜商業の三浦将明を打ち崩した。水野雄仁擁する「絶対王者」池田高校を倒したPL学園は、2人の1年生選手がチームをけん引していた。

 1年生エース、桑田真澄。1年生4番バッター、清原和博。

 三浦は、清原との初対決で、被弾した。落ちなかったフォークを捉えた打球は、右翼ラッキーゾーンへ。

 なぜ、あの時打たれてしまったのか。なぜ、フォークは落ちなかったのか。

涙を流しながら続けた自問自答。あの1球の記憶は、野球から離れた今も、頭の中に残っている。

清原という男の強運。

 その問いの答えらしきものを発見したのは、それから数週間後のことだった。三浦は高校日本代表のメンバーに選ばれて、アメリカに遠征した。宿舎は4人部屋。同じ部屋には池田の水野らとともに、1年生で唯一代表入りした桑田がいた。しばらくして、桑田が申し訳なさそうに言ってきた。

「三浦さん、パンツをもらえませんか?」

 三浦が持ってきたトランクスのことだった。最初は意味がわからなかった。なぜ、こんなものを欲しがるのか、理由を聞くと、PL学園の1年生はブリーフしか穿(は)いてはいけないという。一方で、毎日、先輩の洗濯物を洗い、翌朝までに乾かし、たたんで置いておかなければならない。彼らにとって、先輩だけが身につけることのできる「トランクス」は抑圧からの解放を意味していたのだ。

 三浦はこれを聞いて、ゾクッとした。改めて、あの清原という男の強運を思ったからだ。彼はあの決勝戦前夜も洗濯をしていたのだろうか。聞けば、乾かない場合は濡れた洗濯物を着こんで寝床に入り、自分の体温で乾かすこともあるという。上級生との相部屋では正座か、体操座りでいなければいけないという。卵は生で食べなければならず、カレーライスは箸で食べなければいけないという。また、あの大会中は4番の重圧からか、神経性の腹痛に悩まされていたという。

 そんな中、あの1年生は、甲子園の決勝でホームランを打ったのだ。

「僕には寮の生活がどんなものか、想像もできませんでしたが、そういう環境の中、あの舞台で結果を出すのは、何かを持っているとしか思えない」

鈴木忠平

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