現役アスリートの起業は是か非か 小林祐希×前田眞郷「マイナスはない」

栗原正夫

プロサッカー選手の小林祐希(左)とアメフト選手の前田眞郷が対談。「現役アスリートの起業」について語った 【スポーツナビ】

 サラリーマンの副業が珍しくなくなった昨今、現役のアスリートが副業として起業するという話を聞いても決して驚きではない。だが、そこに敏感に反応するチーム関係者やファンは少なくないという。

 果たして、アスリートの起業は是か非か。一昨年9月に起業したプロサッカー選手でオランダ1部のSCヘーレンフェーンでプレーする小林祐希と、社会人アメリカンフットボール「Xリーグ」のオービックシーガルズに所属しながら、昨夏に会社を立ち上げた前田眞郷。競技、置かれた環境は異なるが、それぞれトップアスリートとビジネスという二足のわらじを履く2人に「現役アスリートが起業すること」について、語り合ってもらった。

起業のきっかけは仲間の引退「今やらなきゃ」

米の販売、日本酒のプロデュース、美容サロンの経営。“起業家”小林の興味は幅広い 【スポーツナビ】

――まず、小林選手は一昨年に株式会社こもれびを設立し、現在は山形県南陽市で生産された有機栽培米の販売を行い、飛騨高山(岐阜県)の酒蔵と組んでお酒のプロデュースをするほか、オランダ・アムステルダムでは美容サロンも経営されています。起業のきっかけは?

小林 一番の理由は、東京ヴェルディのジュニアユース&ユースで同期だった仲間、高野光司(東京V、ギラヴァンツ北九州などでプレー)の引退です。光司は2016年に23歳で現役を引退することになりましたが、一緒にサッカーをやってきた選手がこれからどうするんだろうって思いましたし、今後もそういう仲間は増えていく。そうなったときに引退した仲間がサッカーをやめて社会に出て困るようなことを想像したら、何か動かずにいられなかったんです。だから正直、最初は勢いで始めちゃった部分があります。よく「引退後のことを考えて起業したんですか?」と聞かれますが、そうではなく、今やらなきゃというか、やりたかったんです。

――前田選手は昨年3月まで企業に務めていましたが、その後、独立されました。

前田 アメフトの場合、Xリーグは社会人リーグでプロではないですし、当然、競技一本では食べていけないので、みんなが何かしらの仕事をしています。中には個人でやっている人もいますが、ほとんどは会社員。そういう面では、競技だけで食べていけるJリーグやプロ野球の選手とは大前提が違います。そんな中、僕の場合はせっかくスポーツを続けてきて、いろんな経験や出会いがあったのと、今は個人の価値を生かせる時代だし、普通に生きるよりも自分の生き様をすべて表現できるような仕事をしてみたいと考えたら、起業という選択になったんです。

――日本のアメフト選手は言わば働きながら競技を続けることが当たり前の状況ですが、サッカー選手はそうじゃない。小林選手の場合、起業した際の周囲の反応はどうでした? 

小林 海外のサッカー選手にとって、起業することは別に珍しいことじゃないです。例えば美容サロンをアムステルダムに作ったときも、英語もオランダ語もロクにできないままオランダに来て「オマエ、よくやったなみたいな!」感じでした。正直、海外に移籍したはいいものの、現地になじめずに帰国する選手も多いですからね(苦笑)。

 クラブはもちろん好意的で、ヘーレンフェーンはクラブのテレビチャンネルを持っていて、お店に取材に来てくれました。ただ、もしJリーグでプレーしていたら、肖像権の問題や手続きで難しい面があったかもしれません。まあ、オレのことを嫌いな人は「サッカーだけをやってろ!」と叩くのかもしれないですが……。何も悪いことはしてないんですけどね(苦笑)。

ビジネスがプレーにいい影響を与えてくれる

小林はオフにファームを訪れると、自らトラクターに乗って農作業を行う 【写真提供:小林祐希】

――確かにサッカー選手が現役中からビジネスを行うことには賛否あるように思います。 

前田 物事って何をやっても批判する人はいるものです。でも、その人たちは何か責任を取ってくれるわけじゃない。挑戦したいことがあれば、気にすることなく、どんどんやっていけばいいんじゃないでしょうか。

小林 サッカーで結果を出せば、誰からも文句は言われないでしょうし、そこを頑張るしかないですね。ただ、オレは起業しましたけど、シーズン中はほぼ周りの人に任せっきりで、やることと言えばお世話になっている方に連絡を入れることくらい。前田選手は、いくら競技で結果を出してもアメフトでは一銭にもならないとのことですが、仕事を持ちながら競技を続けるモチベーションがどこから来ているのかが気になります。

前田 そもそもアメフト選手の場合は、まず大好きな競技を続けるため、生きるための手段として仕事をしなければならないというのがあります。その上で仕事では得られない刺激を求めて、熱い気持ちを持って選手は日本一を目指して頑張っているんだと思います。

小林 競技の本気度は同じでも、それが生活の軸ではないのに頑張れるってスゴイ。オレだったら、お金をもらっている仕事だけに集中したくなっちゃうだろうな。例えば、自分の仕事や価値を高めたいとか、もっと会社を大きくしたいとか。そう考えるとサッカー選手も見習うところがあるし、そうじゃないとマイナースポーツの人に対して申し訳ないですね。

前田 アメフト選手の立場から見ると、サッカー選手は少しの工夫をするだけで、ビジネスにつなげられるチャンスはいくらでもあると思うし、生かさない手はないと思います。結局、ビジネスはどれだけお客さんに喜んでもらえるかがすべてなので、応援してくれているファンとの関わり合いの中にたくさんヒントがある。いきなり起業するのはハードルが高くても、そういう視点は持っておくべきだと思います。

「スポーツもビジネスも一緒」。会社経営がプレーに好影響をもたらしていると前田は強調する 【写真提供:前田眞郷】

――起業したことが、競技に与える影響も気になるところですが、その辺はどう考えていますか?

小林 オレはサッカーもビジネスも、どちらも生活の一部になっているし、特に負担になることはないです。究極的には人生を面白くするためにやっているし、むしろいいリフレッシュになっているとさえ感じます。それに、いろんな人と出会うことで、その人がどんな人が分かるようになったり、人を観察する力、見抜く力がついたような気がする。例えばピッチで相手選手や味方がどんな考えを持っているかなどをよく考えるようになったり。正直、マイナスなことは最初ちょっとお金がかかるってことくらいじゃないですか(苦笑)。

前田 僕も(企業で働いていたときよりも)ホントに好きなことをやっているので競技にストレスがかかっているかと言えば、そんなことはないです。小林選手も言ったように、仕事をすることは人生の一部だし、マイナスなことはないです。起業するということは会社を経営するわけで、物事の大局を読んだり、一緒に働く人たちの思いを理解する努力も必要になります。フィールドを俯瞰してみることは、ビジネスでもアメフトのような戦略的なスポーツでも大事ですし、今は攻めるべきとき、ちょっと辛抱しないといけないときだとか、その時々で自分が何をすべきかを考えるようになったことでプレー中もより良い判断ができるようになった気がします。むやみやたらにやってもいい結果が出ないのは、スポーツもビジネスも一緒ですから。

小林 それは絶対ある! 逆を言えば、サッカーでもピッチを俯瞰し、イマジネーションあるプレーをするような選手は、起業に向いている気がしますね。

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著者プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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