天才を作る親たちのルール
サッカーから陸上へ。個性を伸ばす助言
桐生祥秀の育て方

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中学進学時、父のアドバイスによって陸上に本格的に取り組むことに。その一言が桐生祥秀の運命を変えた
中学進学時、父のアドバイスによって陸上に本格的に取り組むことに。その一言が桐生祥秀の運命を変えた【写真は共同】

 1968年、10秒34(飯島秀雄)。

 1988年、10秒28(青戸慎司)。

 1993年、10秒19(朝原宣治)。

 1997年、10秒08(朝原宣治)。

 1998年、10秒00(伊東浩司)。


 その後、19年もの間、幾多の日本人スプリンターが挑んでは敗れていった、「10秒の壁」。


 それでも2016年リオ五輪の4×100メートルリレーでは山縣亮太、飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥の4人が大健闘の銀メダルを獲得。五輪後に追い風参考記録ながら9秒94をマークした多田修平を加え、誰が一番早く「壁」を突破するか、大きなレース毎に注目が集まっていた。


 そして、2017年9月9日、福井運動公園陸上競技場で行われた日本学生陸上競技対抗選手権大会、男子100メートル決勝。追い風1.8メートルという条件の中、スタートから飛び出し、勢いを落とすことなくゴールに駆け込むと、掲示板には、待望の数字が灯った。


 9.98。


 日本人史上初の9秒台スプリンター、桐生祥秀の誕生だった。


 そんな桐生は、どんな少年時代を送っていたのだろうか──。(本稿の取材は2014年に行われており、当時の桐生の自己ベストは10秒01だった)

栄光の匂いがしない家…桐生一家の強い意思

 陸上男子100メートルで、前人未到の9秒台の世界を最初に覗く日本人選手は誰か――。


 これまでに、才能に恵まれ尚且つ、身体を極限にまで鍛え上げた選手が何度も挑戦してきたが、高い壁に跳ね返され続けてきた。やはり日本人選手には無理なのか。そんな諦観が漂う中、突然若いアスリートが台頭した。2013年の織田記念国際で10秒01を叩き出した当時17歳の桐生祥秀である。あのウサイン・ボルトでさえ、9秒台に突入したのは20歳を過ぎてから。誰もが桐生に夢を託しても不思議ではない。


 ゆるキャラの元祖“ひこにゃん”で一躍有名になった滋賀県彦根市。琵琶湖に面した自然豊かな城下町で桐生祥秀は生まれ育った。


 琵琶湖にほど近い住宅街にある、桐生祥秀の実家を訪ねた。玄関には、奇抜な小石や松ぼっくりなどがデコレートされた手製のオブジェがぎっしり飾られている。にこやかに出迎えてくれた母・育代が、はにかみながら言う。

吉井妙子

スポナビDo

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