安定感を示したイラン  日々是亜洲杯2019(1月7日)

宇都宮徹壱

「アジア最強」のイランと初出場のイエメン

イランの女性サポーター。かの国を訪れた人間にとり、ヒジャブを脱いだ彼女たちの姿は衝撃的 【宇都宮徹壱】

 アジアカップ3日目。この日はアル・アインで中国対キルギスが、ドバイで韓国対フィリピンが、そしてアブダビでイラン対イエメンの試合が行われる。そんな中、タイ代表のミロバン・ライェバッツ監督解任のニュースがいきなり飛び込んできた。ライェバッツと言えば、2010年のワールドカップ・南アフリカ大会でガーナ代表をベスト8に導いたセルビア人の名将。しかし、今大会の初戦でインドに1−4で敗れたことで、その任務を解かれることとなった。そのスピード感もさることながら、今大会におけるタイの本気度にも驚かされた。

 くしくもこの日は、アジアカップ初出場の3チームがそろって初戦を迎えた。このうちキルギスは中国に1−2で、フィリピンは韓国に0−1で、それぞれ敗戦。それでも前回準優勝の韓国に対し、後半22分まで0−0の状態をキープしたフィリピンの健闘ぶりは注目に値する。こうなるとイエメンにも期待したいところだが、さすがに相手が「アジア最強」のイランとなると分が悪すぎる。加えてイエメンは内戦状態が続いており、満足に強化試合が組めないままUAEでの本大会に臨んでいた。

 キックオフ2時間前の18時、会場のモハメド・ビン・ザイードスタジアムに到着すると、イランのサポーターたちで入り口はごった返していた。興味深かったのは、女性サポーターが目立っていたこと。しかも、誰もヒジャブ(全身を覆う黒い衣装)を着用せず、髪だけでなく肌も露出させている。旅行者の開放感が、そうさせているのだろうか。つい最近までイランでは、女性のスタジアム観戦が宗教上の理由で禁じられていた。それだけに、男女そろってスタジアムに入場する光景もまた、実に新鮮に感じられた。

 試合は、序盤こそイエメンが惜しいシュートを放つも、すぐさまイランがゲームの主導権を握る。そして前半12分、メフディ・タレミからパスを受けたサルダル・アズムンが強烈なミドルシュート。いったんはイエメンGKサウド・アルソワディに弾かれるも、これをタレミが確実に詰めてネットを揺らす。リプレイ映像を見ると、タレミはアズムンにボールを預けた直後、迷うことなくゴールに向かってダッシュしていた。わずかな可能性を信じて献身的に走り、目前に出現したチャンスを冷静に仕留める。まさに「アジア最強」の面目躍如(めんもくやくじょ)といえよう。

初戦の重圧を感じさせないイランの強さ

イエメンのサポーター。大差で敗れたものの、アジアカップ初出場の歴史的瞬間に湧いていた 【宇都宮徹壱】

 早々に先制してからも、イランは攻撃の手綱を緩めることはなかった。前半23分には、ペナルティーエリア手前からのFKのチャンスに、アシュカン・デヤガがグラウンダー気味にキック。弾道はポスト右に当たって、アルソワディのオウンゴールを誘発させた。その2分後には、右サイドからの折り返しにタレミが頭で決めて3点目。早くもワンサイドゲームの香りが漂ってきたが、イエメンの心が折れることはなかった。その後は守備も持ち直し、GKアルソワディは好セーブを連発。失点を3に抑えて前半を終える。

 後半もイランが序盤から猛攻を仕掛けるも、イエメンは3分と8分にアルソワディが味方に勇気を与えるファンセーブを披露。しかし後半8分、イランは右CKからサルダル・アズムンが押し込んで点差は4に広がる。33分には、ペナルティーエリア左からFKのチャンス。難しいセカンドボールを途中出場のサマン・ゴッドスがボレーで蹴り込み、ダメ押しの5点目を挙げる。やがて集中力が切れたイエメンはラフプレーが目立つようになるが、イランは最後まで冷静にゲームをコントロール。5−0の圧倒的なスコアで初戦を終えた。

 試合後の会見。イエメンを率いるスロバキア人のヤン・コチアン監督は「経験が足りない」と「準備期間が短い」というフレーズを何度も繰り返していた。イエメンの代表監督に就任したのは、昨年の10月下旬のこと。そこからわずか2試合のトレーニングマッチを経て、初めての大舞台でイランと対戦することとなったのだ。そうして考えると、よくぞ5失点で済んだと思う。一方、イランのカルロス・ケイロス監督は「オーストラリアやタイが敗れ、韓国が苦戦したことは、この試合に臨む上での助けになった」と語り、初戦に向けてチームがナーバスになっていたことを匂わせた。

 イランが組み込まれたグループDには、イエメンの他に、前回大会で死闘を演じたイラク、そしてAFFスズキカップ(東南アジア選手権)で優勝したベトナムが同居している。今後の戦いを優位に進める上で、勝ち点3と大量得点を確保したイランは、最高のスタートを切ることが出来た。開催国のUAEをはじめ、有力国が苦戦を強いられる中、イランの安定感は今大会随一のように感じられる。ならば、最多4回の優勝を誇る日本は、どのように初戦を迎えるのだろうか。次回は試合会場からいったん離れて、トルクメニスタン戦を前日に控えた日本代表にフォーカスすることにしたい。

<翌日に続く>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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