インドが起こしたサプライズ 日々是亜洲杯2019(1月6日)

宇都宮徹壱

グループAの「アウトサイダー」同士の対戦

スタジアムで出会ったインドのサポーター。やはりアブダビで働いているとのこと 【宇都宮徹壱】

 アジアカップ2日目。この日はアル・アインでオーストラリア対ヨルダンが、アブダビでタイ対インドが、そしてシャルジャでシリア対パレスチナの試合が行われる。私はしばらくアブダビ滞在なので、この日は開幕戦(UAE対バーレーン)の裏の試合となる、タイ対インドを取材。いずれもグループAの「アウトサイダー」という立ち位置だが、前日の試合がドローに終わっているため、ここで勝利すれば首位に立つことができる。

 試合に先立ち、AFC(アジアサッカー連盟)の公式サイトが「タイとインドのシェフによる料理対決」という動画をアップしていたので視聴する。他愛のない内容ではあったが、何やら急にカレーが食べたくなったので、ホテル近くのインド料理店でチキンマサラを食すことにした。UAEをはじめとする湾岸諸国は、インドやパキスタンからの出稼ぎ労働者が多いこともあり、本場の味に近いカレーを楽しむことができる。この日入ったお店も、値段のわりには十分に満足できるもので、単調な食生活のささやかなスパイスとなった。

 さて、最新(2018年12月20日発表)のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングによれば、タイが118位でインドが97位。ところが優勝オッズを見てみると、タイが101倍なのに対してインドは2001倍。こちらの数字のほうが、より実相に近いと言えるだろう。タイについては、昨年のJリーグでベストイレブンに輝いたチャナティップ・ソンクラシン(北海道コンサドーレ札幌)をはじめ、J1でも十分にスタメンを張れる選手が輩出されており、前回のワールドカップ(W杯)予選でも最終予選までたどり着いた。一方のインドは2次予選で敗退。インド・スーパーリーグの景気のいいニュースは聞こえてくるものの、どれだけ国内サッカーの発展につながったのかは定かでない。

 そんな両者が対戦するのは、アルナヒヤーン・スタジアム。アブダビにある3会場の中では最小(1万1456人収容)だが、今回のカードを考えるとちょうど収まりがよい。タイのサポーターは100人くらい。対するインドのサポーターは、その3倍くらいで、ほとんどが現地在住と思われる。試合が始まると、持ち前のアジリティとテクニックに加えて、縦への意識が強いタイが試合を優位に進めた。対するインドは、相手のスピードについていくのが精いっぱいという印象である。

「Jリーグホットライン」で追いついたタイだったが

洗練された応援が印象的なタイのサポーター。最後まで声援は途切れなかった 【宇都宮徹壱】

 そんなインドに、最初のチャンスが訪れたのは27分だった。左タッチラインからスローインを受けたムハンメド・アシケが、ドリブルでペナルティーボックスに侵入。いったんはタイのGKに阻まれるも、弾いたボールがティーラトン・ブンマタンの手に当たってPKの判定となる。このチャンスを34歳のベテラン、スニル・チェトリがゴール左に決め、格下と思われていたインドが先制する。33分にはタイの「Jリーグホットライン」がさく裂。ティラートンのFKをティーラシン・デーンダーが頭で決めて同点に追いついた。前半は1−1で終了。

 しかし、インドの先制はフロックではなかった。後半1分、クマン・ウダンタが右サイドを駆け上がり、グラウンダーのクロスを供給。これをムハンメドがスルーし、最後はチェトリの右足がタイのゴールを揺さぶる。23分には、左サイドのチェトリの縦パスにシンが反応。相手DFを引きつけてから反転してラストパスを送り、アニルズ・タパが右足ダイレクトで3点目を挙げた。さらに35分、途中出場のジェジェ・ラルペクルアがダメ押しの4点目をゲット。タイにとっては、まさに悪夢のような後半の45分であった。

「後半に失点して、何とか同点に追いつこうとしたが、相手のアグレッシブなスタイルが上回っていた。今日は難しい試合になると思っていた。昨日はUAEが引き分けたし、今日もオーストラリアが敗れているからね」(タイ代表、ミロバン・ライェバッツ監督)

「前半はボールを失いすぎたため、すぐに追いつかれてしまった。後半、もっとボールを大事にするように修正したことが勝利につながったと思う。勝ち点3を得られたが、われわれにはまだ2試合残っている」(インド代表、スティーブン・コンスタンティン監督)

 アジアカップでのインドの勝利は、1964年大会以来、実に55年ぶりのサプライズである。サッカーがあまり盛んでない本国で、この勝利がどれだけ話題になっているかは微妙だが、当地で働くインドの人々を勇気づけたことだけは間違いないだろう。それにしても第1節を終えて、インドが開催国を押さえてグループのトップに立つと誰が予想できただろうか。この日、前回王者のオーストラリアは、ヨルダンに0−1で敗戦。早くも2日目で、今大会は波乱の予感が横溢(おういつ)している。

<翌日につづく>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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