ACLを得た勝者と悔しさを得た敗者 天皇杯漫遊記2018 浦和対仙台

宇都宮徹壱

仙台にとって「鬼門」の埼玉スタジアム

圧倒的な「ホーム」の雰囲気を演出する浦和サポーター。埼スタは仙台にとってはまさに「鬼門」 【宇都宮徹壱】

 第98回を迎える天皇杯の決勝は、浦和レッズ対ベガルタ仙台というフレッシュな顔合わせとなった。浦和は3大会ぶり、そして仙台は初の決勝進出。このカードが決まった時、気になったのが仙台サポーターたちのSNSでの反応である。というのも、決勝進出を喜ぶ声が多かった一方で、「よりによって埼スタか!」とか「浦和とのアウェー戦は勝てる気がしない」といった悲観的な書き込みが少なくなかったからだ。

 あらためて調べてみると確かに、これまで仙台は埼玉スタジアムでの浦和戦に一度として勝利していない。J1では2002年の初対戦以来、11戦して0勝4分け7敗。東日本大震災が起きた翌年、仙台は神がかったような勝負強さを発揮してクラブ史上最高の2位となっているが、その12年シーズンでも0−0で引き分けるのが精いっぱいであった。こうなると仙台にとって、埼スタは「鬼門」以外の何ものでもない。

 そもそも論として、カップ戦のファイナルに中立性が保たれていないことについては、かねて違和感を覚えていた。もちろん埼スタでの決勝開催は、最初から決まっていたことであり、「結果的にそうなった」と言われればそれまでの話だ。これについては、中立性を担保できるナショナルスタジアムの完成が遅れてしまったことが、一番の問題と言えよう。それとは別に、決勝が12月上旬に開催されるのも、長年この大会を楽しみにしているファンのひとりとしては、いささか残念に思えてならない。

 来年のアジアカップとのバッティングを避けるべく、当初は12月24日に開催されることになっていた今大会の決勝。しかし鹿島アントラーズがFIFAクラブワールドカップへの出場を決め、さらに天皇杯でもベスト4に進出したことで、決勝はさらに15日も前倒しされることとなった。浦和の決勝進出と同様、鹿島がアジアを制して天皇杯も勝ち進むことを、主催者側はまったく想定していなかったのであろうか。

 本来ならば中立のナショナルスタジアムにて、元日の厳粛とした雰囲気の中で行われるべき天皇杯決勝。それが今大会は「中立」とは名ばかりの埼スタで、しかも12月9日の18時キックオフとなった(これは同日開催される、さいたま国際マラソンで埼スタ付近が折り返し地点となっていたためだ)。「これじゃない」感が満載の今大会ではあるが、せめてピッチ上では素晴らしいゲームが展開されてほしい。そう願いながら、冷え冷えとした記者席に向かった。

宇賀神のスーパーゴールで浦和が先制

宇賀神のスーパーゴールで浦和が待望の先制点を挙げた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 試合前、ビッグフラッグが浦和のゴール裏に出現する。あとで知ったことだが、浦和のサポーターが人力で引っ張り上げて掲出したものらしい。「中立うんぬん」は関係なく、チームを勝たせるためならどんな努力もいとわない。そんな浦和サポーターの行動原理には、ある種のすがすがしさすら感じられる。一方、仙台サポーターが陣取るゴール裏は、クラブカラーの黄金色で埋め尽くされ、完全アウェーをものともせぬ大声量がピッチ上の選手たちの背中を押す。

 試合が動いたのは前半13分。右CKのチャンスを得た浦和は、MF柏木陽介のショートコーナを受けたMF長澤和輝が山なりのボールを入れる。これを自陣に戻っていた仙台MF野津田岳人がヘディングでクリアするも、ボールの落下点にMF宇賀神友弥の右足があった。迷わずダイレクトで放たれた弾道は、そのままGKシュミット・ダニエルが守る仙台ゴールに突き刺さる。「練習通りでした」と語る宇賀神のスーパーゴールで、浦和は早々に先制した。

 しかし仙台も負けてはいない。前半26分、右サイドからパスを受けた野津田が放った左足のミドルは、浦和GK西川周作のファインセーブに阻まれる。この日の野津田は、後半のFK3本を含むチーム最多5本のシュートを放ったが、いずれもゴールネットを揺らすには至らず。それでも試合の流れは、次第に仙台に傾いていった。仙台の攻撃スタイルは、ボールを動かしながら相手を動かし、あるいは相手にあえて食いつかせながら背後を狙うというもの。特に後半20分を過ぎた時間帯では、仙台がゲームの主導権をほぼ握っていた。

 対する浦和も時折カウンターからチャンスを作るものの、自ら積極的に仕掛けていくことはほとんどなかった。後半のシュート数は、仙台の10に対して浦和はわずか2。むしろDF阿部勇樹を中心とする、守備の手堅さばかりが目立っていた。天皇杯での浦和は、ここまで5試合を戦って失点はわずかに1。この決勝でも(相手の決定力不足に救われた面もあったが)、心憎いまでの読みと体を張ったディフェンスが光っていた。

 後半40分を過ぎると、浦和は1点リードのまま逃げ切りの体勢に入る。アディショナルタイムは5分。仙台が最後の猛攻を仕掛ける中、浦和はひたすら我慢の時間を強いられた。その5分が過ぎてもゲームが続く中、浦和のベンチ前では「まだ終わらないのか!」とオズワルド・オリヴェイラ監督がレフェリーに食って掛かる様子が見える。「気持ちは分かるが、ちょっと大人げないな」と、その時は思った。ほどなくしてタイムアップ。浦和が12大会ぶり7回目の天皇杯優勝、そして来季のACL出場権を獲得した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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