“共生社会”を経験する大きな機会に 文化・教育委員会 今村久美さんに聞く(前編)

構成:スポーツナビ

モーリー・ロバートソンさん(左)が認定NPO法人「カタリバ」の今村久美代表と、教育現場の現状と未来について語る 【写真:築田純】

 東京オリンピック・パラリンピックまで残り2年を切り、急ピッチで準備が進められている。“世界的スポーツの祭典”が近づくにつれ、東京の街、そして日本全体も徐々に変わっていくことになるだろう。

 1964年に行われた東京大会では、国立競技場などのスポーツ施設が建設されただけでなく、東海道新幹線、首都高速道路などのインフラも整備された。それは、戦後の日本が急速に成長していった象徴的な出来事にも見られている。

 では、2020年の東京大会で、日本はどう変わっていくのか?

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会では、「アクション&レガシープラン」として、オリンピック・パラリンピックを東京で行われる世界的なスポーツ大会としてだけでなく、20年以降も日本や世界全体へ様々な分野でポジティブな“レガシー(遺産)”を残す大会として“アクション(活動)”していく計画を立てている。

 今回は、テレビ番組で活躍するタレント・ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんが、「アクション&レガシープラン」のキーパーソンに直撃レポート。東京が、そして日本がどのように変わっていくかを深く切り込んでいく。

 第3回は、アクション&レガシープランの「文化・教育」委員会のメンバーで、認定NPO法人カタリバの代表理事を務める今村久美さんに話を聞いた。

10カ国対応が必要な教育現場

今村代表は、“共生”に慣れていない日本の社会が「オリンピック・パラリンピックをまさに、こういう経験をする機会にしたい」と話す 【写真:築田純】

――まず「アクション&レガシープラン」において、文化・教育委員会ではどんなことが話し合われているのでしょうか?

今村久美さん(以下、今村) 基本的な考え方としてはオリンピック・パラリンピックをスポーツの側面だけではなく、文化活動の側面でもっと国民に近い存在にしていく活動であったり、または教育機会においてはこれほどのチャンスはほかにないので、子どもたちにとって良い機会にしていくにはどうするかということが話し合われています。
 私たちの仕事は教育環境におけるものですが、モーリーさんは日本に住んで何年ぐらいでしょうか?

モーリー・ロバートソン(以下、モーリー) もう長いですね。続けて住んだのは25年以上です。

今村 これから外国人の単純労働者の受け入れが始まるところですが、これほど“共生社会”に慣れていない国もなかなかないかと思います。

 すでに教育現場では、定時制高校などに行くと、外国籍の生徒をたくさん見かけます。外国から研修生として来られた方のお子さんであったり、またはいろいろな形で日本に来られた方たちです。特にアジア系の方が多いですが、迎え入れる体制は整っているとは言い難いです。

モーリー そういう方々は(政府からしたら)統計の誤差ですよね。最初のプランとは違う想定外の人たち。そして国際結婚で生まれた子どもたちが2030年頃になると、学校に入るけど、少し日本語が追いつかないという現象も出てくると思います。

今村 ある学校の先生に話を聞いたら、現在でも10カ国対応しなければいけないそうです。学校としては、基本的に英語までは日本の先生たちにも備わっているプログラムとしていますが、(それ以上の言語の対応は)環境としてハードもソフトも整っていないことがあります。日本人にとっては慣れないことなので、それでも今後、受け入れるわけになるということです。

モーリー 私も先日、講演会でそのような話をしました。
「みなさんが10年後、子どもが通っている学校で、給食をムスリム(イスラム教徒)用に作るということが想像できますか? 豚肉を食べないのは分かるかもしれませんが、調理器具もラードに触れたことのないものを新品な状態から使って下さい。1回でもラードに触れたら洗ってもだめです」と。そう話すと、参加者の多くがポカーンとされていました。想像ができなかったようです。

今村 オリンピック・パラリンピックをまさに、こういう経験をする機会にしたいです。外国人の方々を仲間として受け入れるスタートにしていく良い機会に位置付けて、本気で取り組みたいと思っています。

 オリンピック・パラリンピックの招致は、経済的な側面が取り上げられることは多いですが、このように日本の共生を育てる良い機会と捉えるなら、教育環境にとってはチャンスになります。

モーリー そのお話にはとても共感します。ただすでに政府が発表した「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」の「50万人超の単純労働者を受け入れる」ということに反発している人が相当います。日本の人口が激減の淵に立っていますが、それでも「日本人だけで盛り返せる。外国人との共生は嫌だ」という声がまだまだ強いです。

今村 それでもどこかのタイミングで受け入れましょうという話なのですから、このオリンピック・パラリンピックで、特に私たち文化・教育環境で進めていきたいと思っています。

海外の方との小さな成功体験を増やしていく

2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックは、社会に問題を抱えながらも、スポーツの感動によって乗り越えて素晴らしい大会となった 【Getty Images】

モーリー オリンピック・スピリットは、“共生”が前提なんですよね。ですが、その前段階で「共生したくない」、「共生するぐらいなら外国人は欲しくない」という一定数のグズグズがあって、そういう場合は話を聞いてくれる人に向かってやるしかないですね。

今村 多分、多くの国民にとって、単純に受け入れたくないのではなくて、不安なのだと思います。

 これは私の経験なのですが、実家の飛騨高山で、家の向かい側にある古民家を改修して「エアービーアンドビー」(民泊)を始めました。最初は近所の方から、「外国人を泊めるのは危ない。どこの国の人が来るか分からないから怖い」と、私の母が近所の方に言われていたそうです。母も最初は反対気味でした。それでもオープンしてから1年で20組から30組の方が利用してくれて、あらゆる国の方々が来てくれました。母が言うには、みなさん丁寧に利用してくれて、外国人というだけで危ないとか、ルールに従わないというわけでないと言っていました。これは1つ、海外の方を受け入れたうちの母の小さな学習だったと思っています。こういう小さな成功体験を、みんなが1つひとつ積んでいく機会に、今回のオリンピック・パラリンピックがなるといいなと思います。

モーリー 先日、やる気がある中国ベンチャーで成功した事業主と話す機会がありましたが、その方も飛騨高山に行ってみたいと話していましたよ(笑)。

 詳しく聞くと、飛騨高山は絶景だと聞いているので是非行きたいということらしいです。このような中国のお金持ちが来られるということは、ビジネス的にもチャンスですよね。

今村 そうですね。飛騨高山は外国人のお客さんによる交流人口で(経済が)成り立っているところもあります。

モーリー 日本人はあまり行かないですからね。そのうち経済的に上手な共存、外国人が地方にお金を落としていくことで地域ぐるみで納得することになるかと思います。つまりは、経済原則からのリアリズムで逆算すると、共生のほうが儲かるし、地方は過疎化しない。今はそういうことを突きつける時が来ているのかなとも思います。経済的に調和したゼロサム(一方の利益が他方の損失になること)ではない、ウィンウィン(双方に利益があること)の経済協力関係ができたときに、共生という価値観、美意識が成り立ちます。

今村 ビジネス機会になるという部分で外国人を受け入れることが経済的な面で助けられることを打算的に捉えつつ、それに加え心を育てるという面でも大事になるかと思います。

モーリー ロンドン大会がそうでしたよね。国内のブレクジット(イギリスのEU離脱)が問題になっていましたが、今のロンドン市長であるサディク・カーン氏はパキスタン系の方です。対抗馬となるポピュリスト(大衆主義信奉者)は人種を小道具にするので、相当ネガティブキャンペーンもされたようですが、ロンドン市民自体の多様化が進んでいることを表す代表例かと思います。やはりそれはロンドン・オリンピックのおかげでしょうし、もちろんパラリンピックも最高に美しいものでした。そこでは社会のインクルージョン(包摂)を示してくれ、目下進行中の問題への解決の糸口をオリンピック・パラリンピックが感動を通じて見せてくれたと思います。

 今の日本では、自己主張をなくしてお互いに調和するということが多いですが、海外から来る方はそうではないので、ここをどう橋渡しするかですね。

今村 世界において、みんながフェアネス(公正)を前提にしたルールの中で戦いができるのがオリンピック・パラリンピックのスポーツかと思います。本当に唯一に近い機会かと思うので、これを日本でやるということで、良い機会にしていきたいです。

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