「ドイツやイタリアとも違う魅力がある」ひらちゃん流Jリーグの楽しみ方<後編>

宇都宮徹壱

「選手を知らなくてもJリーグは楽しい」と熱く語る 【宇都宮徹壱】

 お笑いタレントの平畠啓史さんに、このほど上梓した『平畠啓史 Jリーグ54クラブ巡礼 〜ひらちゃん流Jリーグの楽しみ方〜』についてお話を伺っている。前編では、本書の知られざる制作の裏側について語っていただいた。後編では、本のサブタイトルにもなっている「ひらちゃん流Jリーグの楽しみ方」について、掘り下げていきたい。

 さて、私もそれなりにこの業界は長いのだが、意外にも平畠さんにきちんとお話するのは今回が初めて。出自は違えど同世代だし、ある時期まで同じ専門誌で連載を持っていたし、取材に行く先々でよくお見かけしていたので、奇妙な既視感はあった。また、スタジアムに向かうプロセスの楽しみ方、地方取材をとことん味わい尽くす姿勢、さらにはマスコットへの優しいまなざしなど、自分自身とかなり共通した感性をお持ちの方ではないかと、密かに期するものもあったのである。

 実際、予想以上に話が盛り上がってしまい、私自身も大いに楽しませていただくこととなった。後編では、平畠さんが普段どのようにJリーグ観戦を楽しんでいるのかについて語っていただきながら、テレビではうかがい知ることのできない意外な一面にもアプローチしていく。まずは、平畠さんとJリーグとの出会いから。

Jリーグにのめり込むようになったきっかけ

──ここからは平畠さんご自身の「Jリーグの楽しみ方」というテーマでお話を伺いたいと思います。平畠さんは今年50歳で、Jリーグは開幕して25年。つまり人生の半分をJリーグとともに過ごしてきたわけですが、開幕した1993年5月15日は、どのような状況で迎えていたんでしょうか?

 25歳の時ですよね。その頃はまだお笑いの世界に入る前で、遊園地で音響の仕事をやっていたんです。要するに裏方ですよね。宝塚歌劇団の人たちが、ビアガーデンとかでジャズの演奏をするので、その日の夜も仕事はあったんです。でも、それだとキックオフに間に合わないので、その時だけは「ごめん! 悪いけどタイムカード押しといて!」って、同僚にお願いしましたね(笑)。

──国立競技場でのオープニングセレモニー、そしてヴェルディ川崎と横浜マリノス(いずれも当時)の試合はテレビ越しで見たわけですが、その時の感想は?

 本にも書きましたけれど「ちょっと遠かった」というのが正直な感想ですね。リアリティーが感じられないというか。僕らがサッカーをやっていた時代って、土のグラウンドでの根性サッカーで、水も飲ませてもらえなかったじゃないですか。そういう昭和のサッカーの風景とは、かなり違っていたので、そういう意味でのリアリティーが感じられなかったですね。

──まったくもって同感です(苦笑)。それから平畠さんはお笑いの世界に入り、やがてサッカーのお仕事が増えていくわけですけれど、Jリーグそのものにのめり込むようになったきっかけは何だったのでしょうか?

 それはやっぱり、スカパー!さんのハイライトの番組に出演させていただくことが決まった2007年ですね。「これは中途半端にやったらあかんな」と思って。それまではスペインのサッカーを主に見ていたんですけれど、Jリーグをろくに見ないで番組に出たら「この人、あんまり好きちゃうな」って絶対にバレるんですよ。そうなったら絶対にあかんと思ったから、「これからはJリーグを真剣に見よう」と。空いている時間があったら、必ずスタジアムに行こうと心に決めました。

──リーガ・エスパニョーラの中継を見ていた時と、Jリーグの試合をスタジアムで見るようになってからとでは、サッカーの見方に変化がありましたか?

 試合そのものの面白さだけでなく、試合以外の部分にも関心が向くようになりましたね。たとえば(ジェフユナイテッド)千葉の試合に行った時、高校生のカップルが学生服姿で、チャリに2人乗りしてフクアリに行く姿を見たんですよ。地元にクラブがあって、学校帰りに「サッカー見に行こうよ!」って彼女を誘えるんですよ! 「めっちゃ、ええなあ!」って思って(笑)。そういう試合以外のところに、どんどん興味が向くようになりましたね。

「できるだけゆるく」というスタンスから見えるもの

──平畠さんの本の冒頭でも「90分間だけがサッカーだなんてもったいない」って書かれていますよね。まったくもって同意です。たとえばアウェーで、飛行機や電車やバスを乗り継いでスタジアムに行くとしますよね。そのプロセスが面白かったり、発見があったりするじゃないですか。それらもまた、サッカーの楽しみ方のひとつだと思うんですよね。

 先日丸亀に行ったのですが、その日は仕事先の浜松から岡山まで新幹線で移動して、そこから在来線に乗り換えたんですね。その時のディーゼルの音がたまらん(笑)。あの音と振動、そして瀬戸大橋を渡るときの島々の美しさ。いずれリニア新幹線とかで、四国にアクセスしやすくなるんでしょうけれど、ちょっとくらい不便で時間がかかったほうが、絶対に気持ちは豊かになるって、ものすごく思いましたね。

──もちろん、ホームスタジアムはアクセスがいいに越したことないんですけれど、アウェーで行くなら多少の苦労があったほうが達成感はありますよね(笑)。というわけで、スタジアムに到着しました。そこで平畠さんは、必ずスタジアムの周りを一周するそうですね。

 そうです。まずスタジアムの外を一周してから、今度はスタンドの中をぐるっと周ります。もちろん、サポーターの皆さんの邪魔にならないように気をつけながらですけれど。

──スタジアムの外側は分かるのですが、スタンドの中も一周するのはなぜですか?

 たとえば大宮(アルディージャ)のNACK5スタジアムみたいなサッカー専用スタジアムだと、ゴール裏からどんなふうにピッチが見えるか確認したくなるじゃないですか。それって、メーンの記者席から見る風景と絶対に違うわけですよ。それと、ゴール裏のサポーターが歌っている時、彼らの背後に回って聞いていると、ちょっと音程がズレている人って、必ずいるじゃないですか(笑)。そういうのを聞くと、すごくうれしくなりますね。「あ、そうか。音痴とかはもはや気にせず大声で応援できる空気感があるんやなあ」と。

──なるほど(笑)。まさに五感をフル活用しながら、スタジアムで起こるさまざまな現象を感じとっているわけですね。

 そうなんです。そこが記者の皆さんと違うところだと思います。記者さんは、絶対に何かネタを見つけなければならないから必死ですよね。でも僕の場合、「今日は何もなかったなあ」でもOKなんです(笑)。「できるだけゆるくいこう」というスタンスだからこそ、見つけられるものって絶対にあると思うんですよね。

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント