カップ戦らしさを実現させた山形の戦い 天皇杯漫遊記2018 川崎対山形

宇都宮徹壱

J1首位の川崎とプレーオフを目指す山形

準々決勝が行われるNDソフトスタジアム。平日の夜ながら、この日の公式入場者数は5356人と発表された 【宇都宮徹壱】

 10月24日、東京駅正午発の東北新幹線つばさに乗車。水色のユニホームを着た若い母親と子供の姿が視界に入る。「ずいぶんと気合が入っているなあ」と思った。この日は19時より、山形のNDソフトスタジアム山形にて天皇杯準々決勝、川崎フロンターレ対モンテディオ山形が行われる。東京駅で見かけたのは、もちろん川崎のサポーターだ。目的地の天童駅で下車すると、駅の周辺のあちこちで水色を身につけた人々とすれ違う。これが週末のJリーグならまだ分かる。が、平日夜に行われる山形での天皇杯に、これほどのアウェーサポーターが訪れることに、まず驚かされた。

 この日は準々決勝4試合のうち、3試合が開催されることになっていた(鹿島アントラーズ対ヴァンフォーレ甲府は、鹿島がAFCチャンピオンズリーグに出場するため、来月21日に開催)。このうち川崎対山形というカードを選んだのは、J1とJ2との顔合わせであることに加えて、どちらも天皇杯の決勝を(それも最近)経験していることも理由のひとつだった。川崎は2大会前、52年ぶりの関西開催となった吹田スタジアムでの決勝に出場。一方の山形は4年前、アジアカップの日程に合わせて12月開催となった、日産スタジアムでの決勝を戦っている。そして川崎も山形も、この時が初めての天皇杯ファイナルであった。

 どちらの決勝も従来の「元日・国立」という従来のフォーマットから外れていたため、長年この大会を見てきたサッカーファンには印象深いものとなっている。当該サポーターならば、なおさらであろう。初のファイナリストという晴れがましさと、あと一歩で栄冠に届かなかった悔しさ(川崎は鹿島に1−2、山形はガンバ大阪に1-3と、いずれも完敗している)。それらの記憶が鮮明であるがゆえに、「再び、あの舞台へ」という思いは強いはずだ。そこで気になるのが、リーグ戦との兼ね合いである。

 川崎は現在、J1単独首位。対する山形は、J1参入プレーオフ圏内の6位に12ポイント差の10位である。どちらもリーグ戦を重視しているのは間違いないが、天皇杯にどれだけ主力を投入できるかはチーム事情によって大きく異なってくる。この日のスターティングリストを見ると、リーグ戦から中3日の川崎は守田英正以外、直近のリーグ戦と同じ。中2日の山形は、栗山直樹、中村駿、小林成豪の3人を除いてがらりとスタメンを入れ替えてきた。この対照的な選手起用は、どのような作用をゲームにもたらすのだろう。この日の入場者数は、5356人と発表された。

J1チャンピオン相手に3点リード

山形は阪野のゴールで一時は3点のリードに成功した 【(C)J.LEAGUE】

 試合は序盤から波乱含みのものとなった。開始2分、山形は最初のCKを得る。安西海斗のキックは、いったんは川崎守備陣にクリアされるも中村が押し戻し、ゴール前にいた小林が右足を伸ばしてネットを揺らした。思わぬ失点を食らった川崎は、それでもJ1チャンピオンらしくパスをつなぎながら試合を落ち着かせるも、なかなか山形ゴールに迫ることができない。この日の山形のシステムは5−4−1。9人が二重のブロックを敷いて、相手の巧みなパス回しにしっかり対応している。

 前半36分、山形に再びセットプレーのチャンス。右サイドから安西が正確なクロスを入れると、これをDFの坂井達弥が頭で合わせ、弾道は川崎GKチョン・ソンリョンが守るゴールを揺さぶった。これで2−0。予想外の展開に、地元ファンは大いに歓喜してマフラーを振り回した。さすがに焦りを感じ始めた川崎は、最終ラインの裏を突く動きをたびたび見せるも、山形守備陣の巧みなラインコントロールに引っかかり、オフサイドの山を積み上げていく。前半は2−0で終了。

 ハーフタイム、川崎の鬼木達監督が動く。ボランチの守田に代わってFWの知念慶を投入。知念はワントップに入り、小林悠が右に、家長昭博がトップ下に、中村憲剛がボランチにそれぞれスライドする。しかし、このシステムが機能する前にまたしても失点。後半4分、山形は汰木康也が相手のパスをカットしてドリブルで加速し、右サイドから折り返したところを阪野豊史が滑り込んでゴールネットに突き刺す。今季のリーグ戦で一度しか3失点をしていない川崎に、J2・10位の山形が3点リード。もはやこうなると、ジャイアント・キリングの予感しかない。

 その後、川崎は後半15分に知念のゴールで1点を返すも、その4分後に思わぬアクシデントが発生。スルーパスで抜け出した汰木に対応したチョン・ソンリョンが、たまらず相手を倒してしまいレッドカードを受けてしまう。この時点で2枚のカードを切っていた川崎は、大島僚太を下げて控えGKの新井章太をピッチに送り込む。10人となった川崎は、それでも後半25分に知念が再び決めて1点差に迫る。だが山形は、最後まで集中力が途切れることはなかった。8分にも及ぶアディショナルタイムも耐え抜き、ファイナルスコア3−2でタイムアップ。J1王者に、山形は見事なアップセットを演じてみせた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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