「50代アスリート」は相棒探しに奮闘中 パラローイングで再び目指す大舞台

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リオデジャネイロパラリンピックに出場した時の駒崎 【写真:アフロスポーツ】

 パラローイングは障がい者のボート競技で、パラリンピックでは2008年の北京から採用された、比較的歴史の浅い競技だ。カヌーとは違い、ボートは進行方向と反対の向きで座り、後ろに向かってオールをこぐ。障がいの程度によってクラスが分かれており、そのクラスによって「シングルスカル(1人乗り)」「ダブルスカル(2人乗り)」「舵手つきフォア(4人乗り)」と乗り方が変わるが、操作技術は健常者と同じ。シングルスカルであれば高い個人能力のぶつかり合いが楽しめ、ダブルスカルであればコンビネーションの巧みさが見られるなど、乗り方によって異なる魅力を持っている。

 前回のリオデジャネイロ大会にダブルスカルで出場した駒崎茂(総和中央病院)は、今年56歳になった。20年の東京大会出場に向けて闘志を燃やしているが、パラローイングの競技人口が少ないこともあり、現時点で2人乗りのパートナーが見つかっていないという。駒崎は陸上・十種競技の元全日本王者でタレントの武井壮さんがパラスポーツに挑戦するNHKの番組に出演(10月26日放送)。スポーツナビはこの収録に同席し、駒崎が東京大会に燃やす情熱や、パラローイングという競技の現状を聞いた。

「ダイエット」で始めたパラスポーツに熱中

 03年7月、当時41歳だった駒崎はバイクに乗っている時にダンプカーと激突し、両足を切断する重症を負った。退院後、以前と同じ食生活を送っていたのが原因で体重が増えてしまい、ダイエットのために水泳を始めた。

「最初はただ痩せるために泳いでいたのですが、知り合いの女性から『そんなに泳いでいるなら大会に出てみたら?』と言われて。住んでいる栃木県には大会に出るようなチームがなかったので、隣の茨城県のチームに入ったら、そこにパラリンピックのメダリストが3人いたんです」

 レベルの高いチームで泳いでいるうちに、駒崎の能力もぐんぐん向上していった。パラリンピック出場への意欲も芽生えたが、目指していた北京大会の出場は果たせなかった。その後、04年のアテネ大会では水泳で銀メダルを獲得し、後にボートに転向した前田大介氏に誘われ、パラローイングの道に進むことになる。

「11年に前田君から『ボートの選手が足りないからやってみない?』と声をかけられました。そこから水泳とボートの二刀流という形で始めて、16年にはリオ大会に出場させていただきました」

PR2の競技選手は駒崎ただ1人

 14年には仁川アジアパラ競技大会で銀メダルに輝き、PR2では12組しか出場できないリオ大会の出場を果たした駒崎(結果は12位)。ただ、2年後に迫った東京大会に向けて、厳しい問題に直面している。

 パラローイングは日本での競技人口がまだまだ少なく、全ての種目を合わせても、競技として取り組んでいるのは100人に満たない。しかもPR2の競技者は、現在駒崎ただ1人だという。リオ大会でペアを組んだ有吉利枝も競技を離れたため、ともに戦ってくれるパートナーを探しているところだ。

「陸上や水泳など、他の競技をしている方にも声をかけています。ただ、距離が健常者と同じ2000メートルに伸びたことで、体力勝負という部分では難しい面もあります。」

 ただ裏を返せば、人口が少ないということは、パラリンピックに出られる可能性が高い競技だと言えるだろう。駒崎がボートを選んだのも、激しい代表争いがある水泳よりチャンスが高いと考えたのが理由の1つだという。「すごく狙い目の競技なので、ぜひやってみてほしい」と、駒崎は相棒の登場を熱望している。

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