ファンの予想と期待を超えた衝撃KO 井上尚弥は“かつてない存在”へ――

平野貴也

「生で見るなら、今のうち」

パヤノを沈めた井上の拳。この試合で放った唯一の右ストレートだった 【Getty Images】

 詰めかけた観客は、「すげえ」「半端ない」と興奮した様子で会場を後にした。早い段階でのKO勝利は、もう珍しくはない。ダメージを与えた後に倒すだけでなく、2014年にWBO世界スーパーフライ級王座戦で王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)を右ストレート一撃で粉砕したように、一発で仕留める力も持っていることは、証明済みだ。

 それでも、WBSSという、より難度の高い舞台で行われる試合が、まさか70秒で終わるなどとは思わない。期待を裏切らないどころか超えてしまい、予想を覆す。注目度上昇の理由は、そこにある。試合前、会場を訪れた観客に話を聞いた。今まではテレビで見ていたが、初めて生観戦に訪れたという観客が多く、KO勝利を見たいという期待に応えてくれる信頼感を理由に挙げていた。

「負ける姿が想像できない」(20代、学生)
「強いと言われる選手でもコロッと負けるのを何度も見てきたけど、彼は絶対に期待を裏切らない感じがする」(30代、会社員)
「勝つか負けるかじゃない、どうやって勝つんだろうと期待させてくれる」(30代、会社員)
「見るからに圧倒的。あまり早過ぎずに少し競ってからKOしてほしい」(30代、美容師)

 井上は、昨年9月に米国でも試合を行っており、国内だけでなく世界中から注目を集める存在だ。海外メディアが作るパウンド・フォー・パウンド(全階級を通じた評価)でも上位にランクされており、今回のWBSSも次戦の準決勝は、来春に米国で開催する可能性が高いという。観客の中には「生で見るなら、今のうち」という声もあった。

「真のチャンピオンを目の当たりにしたいと思って来た」(30代、主婦)
「当代最高の選手。勝ち上がったら、もう日本で見られないかもと思った」(30代、会社員)

井上に試練は訪れるのか

 もちろん、中には年季の入ったファンもいる。有料放送で世界各地のボクシングを見ているという60代の会社役員の方は、目が肥えていた。

「一流の選手だけど、強い選手は世界にたくさんいる。井上は、まだ分からないところがある。倒されたときの回復力とかね。この先、簡単な試合は続かないでしょう。WBSSで本当にバンタム級のナンバーワンかどうか、パウンド・フォー・パウンドで上位の力が本物かが分かる。今日は、パヤノを5回くらいまでに倒さないとダメだろうね」

 正直に言えば、筆者も同じくらいに思っていた。中盤にKO勝利が理想的。場面によっては、今までの試合とは違う難しさを感じるのではないかと。だから、あ然とした。

 彼は、どんな顔で帰っただろうか。課題が見えないことは、目に見えない不安を背負うことと同義だ。井上自身も「まだ試されていない部分がある。試したかったラフファイト(への対応)もできなかった」と話していた。

 相手は、さらに強くなる。団体や階級の違いを飛び越えてもなお最高のボクサーかという視点で見るなら、これまでにない試練が訪れたときこそが、評価のポイントになる。しかし、もし井上がこの先も不安要素の見えない試合で勝ったとしたら。そのときは、全世界のボクシングファンが、「イノウエこそパウンド・フォー・パウンド最強」だと認めるだろう。

 WBSSはあと2試合。井上は、「予想と期待を超えた、まだ見ぬ場所」へ日本のファンを連れて行こうとしている。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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