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ファンの予想と期待を超えた衝撃KO
井上尚弥は“かつてない存在”へ――
わずか70秒のKO劇に観客は総立ちとなった
わずか70秒のKO劇に観客は総立ちとなった【Getty Images】

 国歌吹奏が終わって着席したのも束の間、1万人を超す大観衆は、試合開始のゴングが鳴った70秒後に総立ちになった。ボクシングのビッグイベントWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)バンタム級トーナメントの開幕戦、日本の井上尚弥(大橋)は、1ラウンド1分10秒でファンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を葬り去った。


 放ったパンチは、3発のみ。ワンツーで放った右ストレートがアゴを直撃すると、パヤノは糸の切れた操り人形のように倒れ、KO勝利を確信した井上は、グローブをたたいて手ごたえを噛み締めた。


 WBSSは、各団体の王者や元王者ら8名による世界最強決定トーナメント。勝てる相手とマッチメークをするわけではない。連戦連勝で3階級制覇を成し遂げた井上が、いよいよ勝つか負けるかの勝負に立つと思われていた舞台だ。しかし、試合は70秒で終わった。


 通算成績を17戦全勝(15KO)とした井上は、5月に獲得したWBAバンタム級王座の初防衛に成功するとともに、WBSSの準決勝に進出。リング上のインタビューに「最高の形でスタートが切れた。準決勝も頑張ります。次戦は多分、海外。来られる方は、ぜひ来てください」と傷ひとつない顔で答えた。井上は、見る者を「予想と期待を超えた場所」へ連れて行くという点で、かつてない存在になりつつある。

前の手同士で行われていた駆け引き

 先に試合を振り返る。衝撃KOの伏線は、地味な攻防の中にあった。右利きの井上は、左手が前。対してサウスポーのパヤノは、右手が前。両者が対峙すると、前にある手と足の距離が近くなる。よほど距離を取らない限り、手が当たる。両者は互いに前の手を細かく動かして駆け引きをしていた。


 パヤノがジャブを放つタイミングをうかがい、井上がそれをグローブで止める動きが多かった。先にパヤノが仕掛ける。上下のジャブから鋭いステップで距離を詰め、左ストレートで腹を狙った。


 井上は「相手の踏み込みが速くて、バックステップで避けていたつもりでも、意外と届くなと思った。でも若干、見切れてはいて、前の手同士で、距離感は探っていた。長引いたら邪魔になるかなと、前の手が強かったので」と話した。前の手の駆け引きで優位に立たなければ、利き手のパンチを狙うタイミングがつかみにくい。中間距離でジャブの差し合いを展開すると、主導権を奪うのに時間がかかりそうという判断だ。


 しかし、攻略はあっという間だった。井上はスピードアップで正面突破した……というより、仕掛けてみたら試合が終わった。再びストレートを狙ったパヤノに、カウンターの右アッパーを合わせて警戒させると、今度は前の手を相手より先に、それまでよりも小さく速く動かしながら間合いを詰めた。そして、ワンツーだ。


 左ジャブは狙いがあって、相手のガードの中を通した。井上が動かした左手に反応して、パヤノが止めようと伸ばした右手の下からジャブを大きく伸ばすと、パヤノはジャブをガードで弾けず、グローブで視界をふさがれた。そして、次の瞬間には、コンビネーションで放った井上の右ストレートがアゴを正確に捉えていた。


 井上は「目くらまし。死角を作ってからの右ストレート。練習していたパンチです」と明かした。21戦20勝1敗のキャリアの中で、2つの世界タイトルを獲得した実力者パヤノが、なす術なく敗れた瞬間だった。

平野貴也
平野貴也
1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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