西武が本拠地“180億”大改修 ビジネスと強化の両輪に撒いた種

中島大輔

埼玉・所沢に根ざす球団運営の意思表示

2021年の完成を目指す西武の本拠地・メットライフドームの改修工事。写真はドーム正面からのイメージパース。 【(C)SEIBU Lions】

 総工費180億円――。

 松坂大輔(現中日)のボストン・レッドソックスへのポスティング移籍で得た資金などで2007、08年に西武ドーム(現メットライフドーム)のスコアボードの全面カラー化、フィールドシートやテラスシートの設置、トイレの新装などを行った大改修が約30億円の工費だったことを考えると、現在、埼玉西武が21年の完成に向けて進めている球場改修の規模感を想像できる。単純計算で、前回の6倍のスケールだ。

「イメージはそれで結構です。ただ今回は選手の育成部分をプラスして180億円ですから、観戦価値と施設の老朽化で分けた場合、単純に6倍ではないですね。ただ、観戦価値を見ただけでも、ざっくりと3、4倍くらいにはなります」

 そう語るのは、ボールパーク推進部などを担当する立木幸司取締役だ。

 球団職員がアメリカでの視察を重ね、今回のメットライフドームの改修について本格的に検討を始めたのは14年。7年ぶりの5位に沈み、35年ぶりの3シーズン連続Bクラスという泥沼に足を踏み入れた時期だ。

「われわれの考えとして、チームが強くなければお客様にも喜んでいただけないことが前提としてあります。昔から育成に定評のあるライオンズでしたので、若手選手を育てていこうという考えが強くありました。そうしますと当然、設備を整えようとなります。若獅子寮や西武第二球場、室内練習場はかなり老朽化が進んでいます。まずこの施設をリニューアルして、極端に言えば選手が24時間練習できる形に整えていきたいというのがありました」

 埼玉県所沢市への本拠地移転40周年事業として行われている今回の改修は、球団の決意表明のようにも感じられる。西武ホールディングスが経営再建中だった06年に1000億円を出資し、筆頭株主となった米投資会社サーベラスが昨年に全株式を売却するまで、球団の売却や移転の噂は絶えなかった。

 それが今回、これだけの規模で本拠地に投資が行われるのは、所沢に根ざして球団運営していく表れだろう。念のために立木氏に確認すると、「もちろんです。埼玉西武ライオンズですから」と返ってきた。

「公園」を連想させるイメージ

取材に応じた立木取締役。球団として、今回の改修にあたってのビジョンを語る 【スポーツナビ】

 今回の改修計画は、「ボールパーク化とチーム/育成の強化」と全体スケッチが描かれている。

 まずは前者のビジネス面について、ここ10年の西武は着実に成果を上げてきた。前回の投資効果、そしてCRM(顧客関係管理)が身を結び、観客動員数は07年の109万3471人から17年には167万3219人まで増加。新規ファンは伸び悩んでいるものの、熱心なファンのリピーター化が進み、球場に足を運ぶ人の総数は大幅に増えている。

 今季のデータを市町村別に見ると、最も多いのは地元の所沢市で、次に東京都の練馬区、東村山市。いずれも西武線沿線だ。以下、さいたま市、入間市、狭山市、川越市と続く。

 ファンクラブ会員の都道府県別来場者割合では土日、平日ともに埼玉県がトップ(47%、48%)で、2位は東京都(40%、42%)。この二つがほとんどを占め、3位は神奈川県(5%、3%)、4位は千葉県(2%、2%)だ(以上のデータは9月26日時点)。

 つまり球団としては「埼玉」や「西武」に関連するファンをいかに増やしていくかと考え、答えの柱が「ボールパーク化」だった。辞書的な意味では「ボールパーク=球場」だが、西武としては「公園」を連想させるイメージだと立木氏は説明する。

「狭山丘陵の一帯に位置しているメットライフドームですから、自然と融合しつつ野球を楽しんでいただける環境を整えていきたいと考えています。狭山湖、多摩湖も近く、そういうプラスアルファもある立地だと思っています。それが生かせるように、自然と融合していくことが欠かせないと思います」

 半ドームという類を見ない形状のスタジアムについて、今回の改修で完全ドーム化も検討したと『日経BP』のインタビューでは別の球団幹部が答えている。そうすると球場を新設するくらいの費用がかかることに加え、メットライフドーム周辺は自然保護地域に指定されており、球団の意思だけでは「建物を自由に建てられない」。こうした理由により、半ドームを生かして球場改修を進めていくことになった。

“野球アミューズメントパーク”

レフトスタンド後方には子ども広場が設置されるなど、入場者が長時間楽しめる“野球アミューズメントパーク”が目指す方向になる 【(C)SEIBU Lions】

 所沢市民の筆者から見ても利便性の低さや、花粉のたまる春、酷暑の熱がこもる夏と環境的な悪条件を否定できない一方、メットライフドームの特徴は大自然の中に作られていることだろう。言い換えれば、周辺に自然を除いて何もない分、外周なども含めてボールパークを広く定義することができる。

 今回の改修では外周エリアを拡張し、現在の2倍規模のグッズショップや多目的イベントスペース、屋外子ども広場などが設置される。現在、1階にグッズショップのある獅子ビルはリニューアルされ、フードコートもできる予定だ。イメージとしては宮城野原公園の中にある楽天生命パーク宮城のように「球場+公園=ボールパーク」として、長時間楽しめる“野球アミューズメントパーク”が想起される。

 エンタメビジネスにおいて顧客の長時間滞在は重要事項だが、こうした方向性は10年ほど前から急速に進む子どもの野球離れも考慮されたものだ。

「昔球場に来たことがあるけれど、もう行かなくなったという60歳以上の方を呼び戻したいと考えています。そういった方は一人で球場に来るのではなく、『一緒に行こうよ』と下の家族を連れて行き、さらに下の家族が来る。3世帯にうまく連携していくことを我々は見込んでいます。野球だけ見ていて3世帯の方が持つわけありません。小学生より小さいお子さんが遊べる空間を提供し、さらには開門時間を早めることも検討しています。そうして小さいうちから野球に親しんでいただくこともできると思っています」

 老若男女が楽しめる“野球アミューズメントパーク”。「共に強く。共に熱く。」と事業ビジョンを掲げる西武は、ショーの主役である選手たちの育成にも主眼を置いている。それを後押しするのが、球場改修の一環として行われる練習施設の刷新だ。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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