田中恒成vs.木村翔は記憶に残る名勝負 熱戦を生んだ両者の“気持ちの強さ”

船橋真二郎

木村、敗戦も「終わった直後は気持ち良かった」

試合後、健闘をたたえ合う田中(左)と木村。両者の気持ちの強さが見えた名勝負となった 【写真は共同】

 自らリングシューズに“雑草”の刺しゅうを入れる木村。田中とは対照的に4回戦のデビュー戦では初回KO負けを喫し、その後はふたつの引き分けを挟んで連勝を重ねるも、注目を集める存在ではなかった。初めての日本ランキング入りは2年前の2016年4月。同年11月にはWBOアジアパシフィック王座を奪取し、世界ランク入りを果たすものの、王座決定戦の相手は日本の下位ランカーだった。翌年7月、中国で北京、ロンドン五輪連覇の実績を持つ地元のスター、ゾウ・シミンから世界王座を奪取したときは、大きな驚きを持って受け止められた。

 その後、昨年の大みそかには東京で元アテネ五輪代表の元WBC世界フライ級王者・五十嵐俊幸(帝拳)を攻めまくって9回TKOで下し、今年7月には再び中国でフローイラン・サルダール(フィリピン)をボディで沈めて6回KO勝ちと2度の防衛に成功。勢いに乗る王者は「自分のスタイルを貫くだけ」と迷いはなかった。

 6ラウンド辺りから右目の周囲の腫れが目立ち始め、「中盤から見えづらくなって、ちょっとヤバいなという焦りもあったし、終盤は余裕で見えなかった」と木村。さらに11ラウンドには右拳を痛め、「11、12は握っていなかったので、良いのが当たっても効いていないと思う」と明かしたが、持ち前の攻めの姿勢を貫き通した。

 盛り上がりが最高潮に達したのは最終ラウンド。意地を張り合うように右を狙い合い、また木村が頭をくっつけてボディで押し込めば、田中も右から攻め返し、最後まで攻め合った。

「お互いに触発し合って、相手なんだけど、お前も頑張るなら俺もという気持ちがあったかもしれない」(田中)
「お互いに気持ちがしっかりぶつかり合った試合ができたと思うので、終わった直後は気持ち良かった」(木村)

 スタミナとパワーは木村。スピードとテクニックは田中。試合前、そのように見立てられた一戦だったが、証明されたのは、それぞれの武器を支える気持ちの強さが、両者ともに一級品であること。だからこそ、生まれた名勝負が見た者の記憶に深く刻まれたことは間違いないし、返す返すも残念でならないのが、テレビの全国中継に乗らなかったことである。

田中が“木村チャンピオン”から学んだこと

木村との試合を勝ち抜いたことが、田中にとっては今後の拠り所となる 【写真は共同】

 有吉将之・青木ジム会長は、7ラウンドのレフェリーのスリップの裁定、115対113と付けたフィリピンのジャッジだけが最終12ラウンドを田中に振ったことに「最終回はこっちが取った手応えがあった」と疑問を呈し(これが逆なら木村の引き分け防衛になる)、WBOにアピールするとしたが、「トータルの判定は受け入れる」と強調。「本当に良い試合になったと思うし、木村にも田中選手にも感謝したい」と語った。

 前戦から2カ月という短い試合間隔で、敵地に乗り込んできた前王者に対し、敬意を表した田中。「その心意気と戦う姿からは学ぶべきところがあるし、自分はまだまだ木村チャンピオンほどの気持ちは持っていないので、もっと近づけるように頑張ります」と殊勝に語り、木村との試合を勝ち抜いたことが、今後の自分の拠り所になると続けた。

「防衛も大切ですけど、強い選手に挑むというチャレンジ精神、そういう気持ちをなくさないように、これからも頑張っていきたい」

 わずかなスパンで調整を強いられたことについて、木村は「これは自分自身が覚悟を決めてやった3度目の防衛戦。それは関係ないと思うし、休まなかった分、本当に調子も良かったので、言い訳にはならない」と右目の周囲を無残に腫れ上がらせ、悔し涙をにじませながらも、きっぱりと語った。

「今はチャンピオンから落ちたんで、それを受け止めて。いつか木村翔が本当のメインで試合ができればというのが僕にはあったので。本当は勝ちたかったですけど……。今はボクシングをやりたいという気持ちはないです。それだけ燃え尽きたということだと思うし、それだけ僕は中途半端にやっていないし。ちょっとしたら、またやりたくなるかもしれないし、分からないですけど……」

 結果が勝者と敗者を残酷に隔てる。これもまたボクシングである。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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