田中恒成vs.木村翔は記憶に残る名勝負 熱戦を生んだ両者の“気持ちの強さ”

船橋真二郎

王座を懸けた注目の日本人対決

挑戦者の田中恒成(左)が王者の木村翔を判定で破り、3階級制覇を成し遂げた 【写真は共同】

 試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされると笑顔で歩み寄り、健闘をたたえ合って、抱き合う両者。王者の木村翔(青木)は「最高の試合だった。強かったよ」と声をかけ、挑戦者の田中恒成(畑中)は「もう疲れたんで、座ってもいいですか?」と返し、そのままその場にへたり込んだ。決戦を目前にした前日、あらためて勝敗を分けるポイントに挙げていたのが、ともに「気持ち」だった。注目の日本人対決は、その通りの……いや、それ以上の熱戦になった。

 9月24日、名古屋・武田テバオーシャンアリーナで行われたプロボクシングのWBO世界フライ級タイトルマッチは、2−0(116対112、115対113、114対114)の判定で田中が勝利。12戦目(全勝7KO)でのWBOミニマム級、同ライトフライ級に続く世界3階級制覇は、現在のトップ・オブ・トップのひとりに挙げられる現WBA世界ライト級スーパー王者、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に並ぶ世界最速記録となったが、大仰な記録で飾り立てる必要などない、ふたりのボクサーのリングの戦いのみを見ればいい、という展開が終始、繰り広げられることになる。

「やることはやってきたし、自信を持って明日を迎えられる。こんなに気持ちの強いチャンピオンはそうはいない。全力でぶつかりたい」

 田中は宣言通り、試合開始からインサイドに踏み込み、スピード満点のワンツー、左ボディで仕掛けていく。木村も応じ、1ラウンドからアップテンポでパンチを交換し合ったが、先に大きな見せ場を作ったのは田中だった。2ラウンド、左フックがカウンターで炸裂。木村の腰が落ちる。ただし、田中が覚悟していたようにダメージの明らかな木村も踏みとどまり、強気にボディを攻め返す。序盤から両者の激しいせめぎ合いが続いた。

「ずっとさばくような選手じゃないと覚悟していたし、それぐらい根性を決めて、僕との試合をしているんだなと。気持ちが伝わってきた」

 元来が好戦的ファイターの木村も打ち合いは想定の上。むしろ“木村の土俵”という見方が一般的だったが、強い口調で「恒成の土俵」と否定したのは父の田中斉(ひとし)トレーナーである。

「みなさん、雑草とエリートと言うてたけど、どうでした? 恒成、泥臭かったでしょ? 勝手にみんなが相手の土俵やと思うとるだけで、こっちの土俵でもあったんですよ」

田中が「原点回帰」を掲げた理由

“エリート”と見られがちの田中だが、自身は「結構、つらい試合を経験しているから」と振り返る 【写真は共同】

 高校4冠を果たした岐阜・中京高校在学時のプロ転向初戦から世界ランカーを破り、5戦目でミニマム級、8戦目でライトフライ級の世界王座を制し、“エリート”と見られる田中だが、過去5戦の世界戦を含めて、「結構、つらい試合を経験しているから」と自身も振り返るように、ときに果敢に打ち合い、何度も修羅場を乗り越えてきた。

 1年前の9月。大阪で臨んだライトフライ級王座2度目の防衛戦では、1ラウンド開始早々に左目を痛め、ダウンを喫する最悪の立ち上がり。さらに6ラウンドには右目上をカットするアクシデントに見舞われながら、9ラウンドに倒し返し、逆転勝ちを収めている。

 その試合後に両目の眼窩(がんか)底骨折が判明。実現濃厚だった当時のWBA王者、田口良一(ワタナベ)との王座統一戦を流し、試合には勝ちながらも失意の底に沈んだ。すでに減量が限界にあった田中は王座を返上。階級を上げる。今年3月、無敗の世界ランカーとの前哨戦を経て、1年ぶりに戻ってきた世界戦のリング。田中が掲げたのが「原点回帰」だった。

「自分にとっては毎回、厳しい試合をやってきたつもりだし、毎回、きつい試合ばかりだったけど、どこかでこれが当たり前みたいな感覚になっていたところがあって。細かい技術より、もう1回、気持ちを入れ直して練習する、頑張ってやらなきゃいけない、ということを思い出す、初心に返る試合でした」

 だが、田中が「弱気になったら、負けだと思っていた」と振り返る戦いの中で生きていたのが、これまで追求してきた“細かい技術”だったことも、また確かである。

 要所、要所で打ち合いながら、右に左にステップしては打ち、打ってはまたサイドを取る。出入りしてはリズミカルに攻め、上体を振って木村に空を切らせる。体に染みついた動きが、お互いに攻めては攻め返す攻防の中、少しずつ着実な差となって積み重なり、最終的な結果に結びついたように感じられた。

「スピードはあったし、自分自身のパンチも当たるなと思ったけど、頭の位置、テクニック、やっぱり田中選手はうまかったですね。うまい分、もう少しプレッシャーをかければ良かったけど、そこをさばくのがうまかったです」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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