快進撃ワトフォードに荒くれ2トップあり イングランドに根付く「成り上がり」文化
左頬に傷を負った貪欲な点取り屋
今も10代の頃の切り傷が左頬に残っているグレイ 【Getty Images】
以降はプレーに打ち込み、アルバイトをしながら月給10万円程度のアマチュアクラブで得点感覚を研ぎ澄まし、5部ルートンで点を取りまくって2部ブレントフォードへとジャンプアップ。その後、バーンリーで2部得点王に輝いて昇格に貢献した。当時の彼を指導したショーン・ダイシ監督の言葉を借りれば、「グレイはチャンスに出現するという不思議なコツを持っている。彼は決定機を外しても精神的に影響を受けない。すぐに次のチャンスを探すだけ」。独特のセンスとメンタルを武器に、とうとうプレミアの舞台にたどり着いた。
直後の16年には、ワルだった時代の差別的なSNS投稿が問題視されて出場停止と罰金の処分を受ける“ツケ”を払わされたこともあったが、それでも彼は過去にとらわれることなく前に進み、17年夏、クラブ史上最高額の移籍金を支払ったワトフォードへとやってきた。
イングランド・フットボールには夢がある
バーディー(右)は工場勤務のアマチュアからW杯出場選手に化けた 【Getty Images】
もちろん暴力行為を正当化するつもりはさらさらないが、それでも、ピッチに立てば彼らは「あの頃に戻りたくない」という一心でガムシャラに戦い、その姿勢によってサポーターの心をつかんでいるのも事実だ。そして、そういう漫画のような「成り上がり」の物語がしばしば紡がれるのが、イングランド・フットボールの面白いところでもある。
いまや有名人となったレスターのジェイミー・バーディーだって、工場で働きながら8部リーグでプレーしていた。元サウサンプトン、リバプールのリッキー・ランバート、現サウサンプトンのチャーリー・オースティンも、それぞれ缶詰工場勤務とレンガ職人の経歴を経て、ノンリーグからイングランド代表キャップを刻んでいる。
グレイはバーディーやオースティンが成り上がるのを見て、ハングリー精神をたぎらせていたという。「労働者階級のヒーロー」に憧れた若者が、プレミアを目指す。この数珠つなぎは今後も出てくることだろう。ビッグクラブのアカデミーのように恵まれた環境で、技術や戦術を学ぶだけがプロへの道ではない。街の工場や建設現場、果てには刑務所からだって、プレミアリーグは目指せる。働きながらでも毎週末プレーできる環境が国中にあること、またくすぶっている才能をしっかり見つけるスカウト、一度は失敗した選手でも拾い上げるクラブや指導者がいることも含めて、裾野が広いイングランド・フットボール界で夢をかなえる方法は、たくさんあるのだ。
(文:寺沢薫/スポーツナビ)