快進撃ワトフォードに荒くれ2トップあり イングランドに根付く「成り上がり」文化

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左頬に傷を負った貪欲な点取り屋

今も10代の頃の切り傷が左頬に残っているグレイ 【Getty Images】

 かたや2トップの相棒であるグレイの人生も波乱万丈だ。彼の左頬には、大きな切り傷がある。これは18歳の頃、ナイトクラブに出入りしてケンカに巻き込まれ、ナイフで切られた傷だ。生まれた地域、片親で育った生い立ち、貧しい家庭環境の影響もあっていわゆる“ギャング文化”の近くで生きてきた典型的不良少年は、数センチずれていれば首を切って命さえ危うかったこの出来事をきっかけに「いまこそ変わるとき」だと思ったそうだ。

 以降はプレーに打ち込み、アルバイトをしながら月給10万円程度のアマチュアクラブで得点感覚を研ぎ澄まし、5部ルートンで点を取りまくって2部ブレントフォードへとジャンプアップ。その後、バーンリーで2部得点王に輝いて昇格に貢献した。当時の彼を指導したショーン・ダイシ監督の言葉を借りれば、「グレイはチャンスに出現するという不思議なコツを持っている。彼は決定機を外しても精神的に影響を受けない。すぐに次のチャンスを探すだけ」。独特のセンスとメンタルを武器に、とうとうプレミアの舞台にたどり着いた。

 直後の16年には、ワルだった時代の差別的なSNS投稿が問題視されて出場停止と罰金の処分を受ける“ツケ”を払わされたこともあったが、それでも彼は過去にとらわれることなく前に進み、17年夏、クラブ史上最高額の移籍金を支払ったワトフォードへとやってきた。

イングランド・フットボールには夢がある

バーディー(右)は工場勤務のアマチュアからW杯出場選手に化けた 【Getty Images】

 正直なところ、2人とも過去の過ちを反省はしているものの、決して聖人君子になったわけではない。ディーニーは最近も「しつこく写真撮影を求めてきたファンと揉めて店を追い出された」とタブロイド紙にすっぱ抜かれているし、昨季はピッチでも乱闘騒ぎを起こして3試合の出場停止を食らったり、チェルシー戦でゴールを決めて相手ファンに中指を立ててしまったりと、ケンカっ早いところはまだ直らない。グレイも夜遊びをやめたと思いきや、今年のオフにはラスベガスのナイトクラブでこれまた揉めごとを起こして警察の聴取を受けるなど、トラブルメーカー気質は残っている。

 もちろん暴力行為を正当化するつもりはさらさらないが、それでも、ピッチに立てば彼らは「あの頃に戻りたくない」という一心でガムシャラに戦い、その姿勢によってサポーターの心をつかんでいるのも事実だ。そして、そういう漫画のような「成り上がり」の物語がしばしば紡がれるのが、イングランド・フットボールの面白いところでもある。

 いまや有名人となったレスターのジェイミー・バーディーだって、工場で働きながら8部リーグでプレーしていた。元サウサンプトン、リバプールのリッキー・ランバート、現サウサンプトンのチャーリー・オースティンも、それぞれ缶詰工場勤務とレンガ職人の経歴を経て、ノンリーグからイングランド代表キャップを刻んでいる。

 グレイはバーディーやオースティンが成り上がるのを見て、ハングリー精神をたぎらせていたという。「労働者階級のヒーロー」に憧れた若者が、プレミアを目指す。この数珠つなぎは今後も出てくることだろう。ビッグクラブのアカデミーのように恵まれた環境で、技術や戦術を学ぶだけがプロへの道ではない。街の工場や建設現場、果てには刑務所からだって、プレミアリーグは目指せる。働きながらでも毎週末プレーできる環境が国中にあること、またくすぶっている才能をしっかり見つけるスカウト、一度は失敗した選手でも拾い上げるクラブや指導者がいることも含めて、裾野が広いイングランド・フットボール界で夢をかなえる方法は、たくさんあるのだ。

(文:寺沢薫/スポーツナビ)

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