快進撃ワトフォードに荒くれ2トップあり イングランドに根付く「成り上がり」文化

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プレミア上位戦線をかき乱す伏兵クラブ

ワトフォードは主将のディーニーを中心にプレミアで4位と健闘中 【Getty Images】

 開幕5連勝のチェルシーとリバプールが首位に並び、3位は4勝1分けとこちらも無敗の前年王者マンチェスター・シティ、そして4位がワトフォード……えっ、ワトフォード? 見間違いではない。マンチェスター・ユナイテッドやトッテナム、アーセナルではなくて、ワトフォードだ。上位3チームまではおおむね下馬評通りのプレミアリーグだが、それに続くのが、ここまで4勝1敗と好調の黄色い弱小チームなのだ。

 クラブにとって、実に30年ぶりとなる開幕4連勝。その中には、トッテナムを2−1で下した金星も含まれているから、単に「相手に恵まれた」とも言いがたい。1−2で敗れて土がついた第5節マンU戦だって、前半こそ劣勢だったが、2点ビハインドを負った後半は力強い追い上げで1点を返し、最後まで勇敢に相手ゴールに迫った。アディショナルタイムの決定機がダビド・デ・ヘアのビッグセーブに阻まれなければ、優勝候補のビッグクラブと並んで無敗を維持していたはずだった。

 快進撃を見せるチームで目立った働きを見せているのが、トロイ・ディーニーとアンドレ・グレイの2トップだ。彼らはここまでの5試合で2得点ずつ。そしてゴール以外の貢献も際立つ。なにせ2人ともよく走り、よく頑張る。それがハビ・グラシア監督のプレッシング戦術にうまくフィットし、チームは前線から規律立ったプレーができている。

 パワーのディーニー、スピードのグレイという補完性の良さもあるが、この2人のイングランド人FWは妙にウマが合うようで、パートナーシップが日に日に良くなっている。その理由は、2人のキャリアが似ているからかもしれない。イングランド・フットボールのピラミッドはプレミアリーグ(1部)とチャンピオンシップ(2〜4部)がいわゆる「プロリーグ」で、5部以下は「ノンリーグ」と呼ばれる。つまるところアマチュアで、ディーニーとグレイはともにこのノンリーグ出身なのだ。

前科アリの熱血キャプテン

ディーニーは今季ここまで2ゴール。さらに得点以外の貢献度も高い 【Getty Images】

 30歳のディーニーは、チームのキャプテンだ。決してサボることなく前線でボールを追いかけ、持ち前のフィジカルで地上・空中を問わずフィフティー・フィフティーのボールを強奪する“デュエルの鬼”。トッテナムやマンUのDF陣も明らかに嫌がっていた彼について、グラシア監督は「特別なパーソナリティーを持っている」と全幅の信頼を置く。ちょっとした接触プレーで転げ回ってカードを誘おうとした南米出身のチームメートを「そんなことをしたら笑われるぞ!」と叱り飛ばすなど、熱い性格でサポーターの支持も絶大だ。

 そんな彼は在籍9年目で、2部とプレミア通算で100ゴール以上を挙げている実力者。しかし、実はかなりの苦労人にして「前科者」である。15歳でアストンビラの下部組織を放出され、学校も辞めてしまった彼は、建設現場で働きながらアマチュアクラブのユースでサッカーに打ち込み、2007年に当時4部のウォルソールでプロデビューを果たした。そこでの活躍が買われ、3年後に当時2部のワトフォードへと引き抜かれるが、“出世”によってお金を手に入れ、悪い虫がついたディーニーは過ちを犯してしまう。

 12年、地元バーミンガムで仲間たちと酒に酔って暴れたディーニーは、居合わせた男の頭を蹴っ飛ばして重傷を負わせ、傷害罪で逮捕された。有罪判決を受け、3カ月の刑務所暮らしを余儀なくされた。「あいつは終わった」。誰もがそう思い、取り巻きたちもアッという間に離れていった。だが、妻や一部のチームメート、クラブスタッフのサポートを受けて、彼は立ち直った。

 特に大きかったのは、当時ワトフォードの監督だったジャンフランコ・ゾラ(現在はチェルシーのコーチ)だったという。決意を持って出所し、どん底からの再出発を図ったディーニーの努力を見て試合に起用しただけでなく、「ゾラが教えてくれたテクニックや点を取るコツを今でも使っているんだ」と本人が言うように、FWとしての成長も手助けした。また、彼はプレミアに昇格した15−16シーズンのマンU戦に刑務所で知り合った友人6名を招待しているが、「やる気を失っているときに励ましてくれた」と、新しい仲間たちの存在も支えになったようだ。

「ただのキャプテンじゃない。熱いモチベーターで、決して手を抜かない男。それにナイスガイだ」とはチームメートで親友でもあるDFエイドリアン・マリアッパの言葉だが、かくして更生したディーニーは、今やチームの顔としてチームを引っ張る存在になった。

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