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松井大輔が語る、欧州クラブで生き残る術
「日本人的感覚でいたら埋没してしまう」

何より雄弁なのは、ピッチ上でのパフォーマンス

松井はコミュニケーションの重要性を説きつつも、「何よりも雄弁なのはピッチ上のパフォーマンス」と話す
松井はコミュニケーションの重要性を説きつつも、「何よりも雄弁なのはピッチ上のパフォーマンス」と話す【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 ドイツにいた選手がイングランドに新天地を求めた場合、英語でのコミュニケーションやキック&ラッシュをベースにしたサッカースタイルなど、ピッチ内外で適応しなければならないことが多くある。岡崎にしても、レスターが奇跡のリーグ制覇を成し遂げた15−16シーズンには、プレミアの激しい当たりや寄せに対応すべく上半身を鍛え上げるなど、肉体改造を行っている。


 また、英語力も就労ビザ取得の必須条件で、テストに合格するために勉強に励んだという。こうしたアプローチはどの国に行っても不可欠なこと。フランス、ロシア、ブルガリア、ポーランドという4つの国で戦った松井も自身の経験からこう語っている。


「日本に来る外国人選手には通訳がついているのが普通ですけれど、日本人選手が海外に行って通訳がつくことはまずない。僕も渡仏当初は、毎日8時からクラブが用意してくれたレッスンに行き、練習後もまた別のレッスンに通ったほどです。人間、追い込まれれば『火事場の馬鹿カ』が湧いてくる。フランス以外の国では英語が有効でした。ロシアのトムスクはロシア語一色でだいぶ苦労したけれど、ブルガリアは首都・ソフィアに住んでいたので、英語が比較的通じたし、ポーランドにも英語を話せる人がいた。そこは追い風でした。


 環境はさまざまですけれど、大事なのは『思い切ってコミュニケーションを取ろうとする姿勢』。日本人は細かいことが気になってナーバスになりがちですが、『知っている単語を並べるだけでも話はできる』と割り切ることが大事。そして何より雄弁なのが、ピッチ上でのパフォーマンスです。極端な話、言葉が全く話せなくても、傑出した仕事をしていれば、どんな監督にも使われる。最後に頼れるのは自分の力だけ。そこは覚悟して挑むべきだと思います」

「1回きりのサッカー人生を後悔しないように」

松井は「1回きりのサッカー人生を後悔しないように」と選手たちにエールを送る
松井は「1回きりのサッカー人生を後悔しないように」と選手たちにエールを送る【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 チャレンジ精神があれば、失敗しても必ず這い上がることができる。それは松井の後に海外に出た本田圭佑や香川が身を持って示していることだ。本田はCSKAモスクワ時代に右ひざ負傷で長期離脱を強いられ、ACミラン時代にも長いベンチ生活を余儀なくされたことがあったが、日本代表としてはW杯での3大会連続ゴールなど、数々の偉業を達成した。香川にしても、マンチェスター・ユナイテッドでの挫折や日本代表での苦境を乗り越え、W杯ロシア大会ではで1つの境地に達している。


「『あそこで海外に行っておけばよかった』と後悔しないためにも、今の若手にはどんどんチャレンジしてもらいたい。僕自身もサンテティエンヌ時代に苦汁をなめたり、グルノーブルからスポルティング・リスボンへ行く寸前で移籍話がなくなって悔しさや失望感を味わったりしましたけれど、また違う環境や仲間に巡り合えた。


 今、一緒にプレーしているカズ(三浦知良)さんも『年齢や属性が自分を守ってくれない世界で生き残るには、自分の力を見せるしかない』と話していました。全ては自分の決断次第。1回きりのサッカー人生を、後悔しないように突き進んでほしいと思います」と松井はエールを送る。


 18−19シーズン開幕直後の欧州組の現状は必ずしも順風満帆とは言えない。しかし、彼らが苦境を乗り越え、海外で活躍する日本人が30人、40人と増えていく時代はいつかきっとくる。先駆者である松井の話に今一度耳を傾けることは、次世代のフットボーラーたちの参考になるはずだ。

書籍紹介『日本人が海外で成功する方法』

『日本人が海外で成功する方法』
『日本人が海外で成功する方法』【角川書店】

熾烈なサバイバル環境に飛び込む前に、選手にはやるべき「準備」がある――


多くの選手が海外移籍を夢見ながら、早期帰国を余儀なくされるケースも多い。「成功」の定義はそれぞれでも足掛け11年、海外でプレーしてきた著者だからこそ伝えたいことがある。


<目次>

はじめに

第一章 エージェント、国、クラブ選び 

第二章 ピッチ内外で求められる語学力

第三章 僕が経験したトラブル

第四章 選手とは「商品」だ

第五章 世界での日本人選手の立場

おわりに

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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