松井大輔が語る、欧州クラブで生き残る術 「日本人的感覚でいたら埋没してしまう」

元川悦子

ベルギーでの挑戦は5大リーグ入りの近道

現在は横浜FCでプレーする松井大輔。足掛け11年間で欧州8クラブを渡り歩いた 【写真:アフロスポーツ】

 8月31日、ヨーロッパの多くの国で移籍市場がクローズした。日本人選手では2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会のメンバーだった遠藤航と植田直通が新たに欧州クラブへ挑戦し、徐々に出番を増やしている。一方で、既存の欧州組の動きも激しく、同国内移籍に踏み切った大迫勇也や乾貴士、異なるリーグで再スタートした武藤嘉紀や久保裕也、最後まで移籍がうわさされながら残留した香川真司や柴崎岳など、各選手の置かれた状況は実にさまざまだ。

 足掛け11年間で欧州8クラブを渡り歩き、8月27日に『日本人が海外で成功する方法』(角川書店刊)を上梓した松井大輔は、彼らの動向を興味深く見守っている。

「近年、ベルギーを登竜門にする選手が目立ちますが、それはいい傾向だと感じます。僕がル・マン時代に一緒にプレーした、元コートジボワール代表MFのロマリッチもベルギーのベフェレンから来ましたし、(川島)永嗣もリールセ、スタンダール・リエージュからフランスへステップアップした。黒人選手が多くてフィジカルコンタクトに慣れる意味でもいい環境だし、5大リーグ入りのチャンスを得る近道だと思います」と欧州組の先駆者は前向きに言う。

 実際、ヘントからニュルンベルクへ赴いたばかりの久保は新天地で高評価を受け、いち早くスタメンの座を勝ち取っている。

「『欧州5大リーグの1部に簡単に入れる』と考える日本人が多いけれど、現実はそんなに甘いもんじゃない。僕もフランス2部からのスタートでしたけれど、そこで地道な努力を重ね、結果を残すことで、初めて道が開けてくる。久保君もスイス1部のヤングボーイズで4シーズンを過ごしてベルギーに行った。

 ベルギー1部をファーストステップにできるのは恵まれている方で、ドイツ2部やオーストリア2部を第一歩にしても全く問題ないと僕は思います。そういう意味で、僕はドイツ2部にいる若いテクニシャンの伊藤達哉、奥川雅也の両選手には大きな期待を寄せています」と松井は語る。

伊藤と奥川、2人の代表選手に共通する点

森保監督率いる新生日本代表に名を連ねた伊藤は、異色の経歴を持っている 【写真:アフロ】

 森保一監督率いる新生日本代表の初陣に初招集された伊藤は、柏レイソルU−18に所属していた選手だ。14年4月にUAEで開かれた国際大会に参加し、そこでハンブルガーSVのスカウトの目に留まり、高校を早期卒業して渡独した異色の経歴の持ち主。奥川にしても京都サンガF.C.でトップに昇格したばかりの15年6月にザルツブルクへ完全移籍を果たす。その後はオーストリア2部のリーフェリングやSVマッテルスブルクへ期限付き移籍し、今夏にもドイツ2部のホルシュタイン・キールで3度目の期限付き移籍を経験することになった。

 2人に共通するのは「10代のうちから海外にチャレンジした」という点。「早くから海外に行って失敗した人が多いから、彼らには成功例を作ってほしい」と松井は熱望する。

「特に奥川君は京都の後輩ということもあります。ドイツ2部は活躍のチャンスが大いにあるので、いい選択だと思う。そこでコンスタントに試合に出て、1年を通して『十分やれる』と実証できれば、より格上のクラブに行ける可能性も広がる。とにかく若い選手にとって重要なのは、出場機会を与えてくれるクラブに行くこと。試合に出て、数字を残すことしか、欧州で生き残る道はないんです」

 松井がいたル・マンにも「のし上がってやろう」という野心を露わにするアフリカや南米出身の無名選手がゴロゴロいた。ロッカールームでシャワーを浴びながら「お前、1カ月の給料はいくらなんだ」という会話が交わされるのは日常茶飯事。ある選手がビッグクラブに買われ、巨額の移籍金が入り、しばらく後にクラブハウスの改修工事が始まったこともあった。練習でバチバチぶつかり合うのも当たり前。「サッカー選手は商品なんだ」と痛感した松井は「自分の良さや強みを出すすべを見いだすしかない」と腹を括ったという。

「『人のためにやろう』という日本人的感覚でいたら、欧州では埋没してしまう。僕は強みである技術を前面に押し出すことに徹しました。フィジカルモンスターたちと真っ向から勝負しようとしても、絶対に歯が立たない。だからこそ、違った武器で戦っていこうと思ったんです」と松井は力説する。

武藤には「とことん得点にこだわってほしい」

今季からプレミアリーグで新たな挑戦を始めた武藤。松井は「得点」を期待しているという 【写真:Shutterstock/アフロ】

 今夏イングランドの門をたたいた武藤も、ドイツ時代に「いい意味でエゴイストにならなければいけない」と口癖のように話していた。武藤が所属していたマインツもビッグクラブに選手を売ることで安定的経営を維持している中堅クラブで、選手個々もチームプレーより自己アピールを優先する傾向が強かった。そこで3シーズンを過ごし、ブンデスリーガ1部において通算20ゴールをマークした武藤の実績に、松井は最大級の敬意を払っている。

「サンテティエンヌ時代の同僚である(ディミトリ・)パイエや(バフェティンビ・)ゴミスがイングランドへ行ったように、フランスからプレミアへ行くのは1つの王道になっています。プレミアはビッグ6以外でも資金力のあるクラブが多く、レベルも非常に高い。望んでも簡単には行けないリーグであることは確かです。

 そのチャンスをつかんだ(吉田)麻也やオカ(岡崎慎司)、武藤君は尊敬に値するし、日本人の門戸を広げるうえで貢献しているとも思う。武藤君の(移籍した)ニューカッスルには、元フランス代表の(ハテム・)ベン・アルファらフランスリーグで対戦経験のある選手が何人もいて、以前から注目していました。結局、欧州では得点という結果でしか評価されない。武藤君にはそこ(得点)に、とことんこだわってほしいです」

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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