フランスとクロアチア、それぞれの20年 日々是世界杯2018(7月15日)

宇都宮徹壱

建国から27年で決勝に進出したクロアチア

決勝戦の前のセレモニー。各国のサポーターをコラージュした巨大なバナーがスタンドに掲出された 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)32日目。現地時間6月14日に開幕した今大会も、この日の決勝をもって閉幕することとなる。会場は開幕戦と同じ、モスクワのルジニキ・スタジアム。今大会のファイナリストは、これが3大会ぶり3回目の決勝進出となるフランス、そして初の決勝進出となるクロアチアである。サンクトペテルブルクから早朝の列車に乗った私は、およそ10時間かけてモスクワに到着。この日のキックオフは18時なので、急いでホテルのチェックインを済ませてから試合会場に向かった。

 あらためて、クロアチアがファイナリストとなった歴史的意義について考えてみたい。先日SNSで、こんな興味深い書き込みを見つけた。ロンドンの地下鉄にある掲示板に「イングランドが前回、準決勝に進出した時に存在しなかったもの」として書かれていたのが、スマートフォン、フェイスブック、Youtube、ビットコイン、グーグル、などなど。それらと並んで「最も重要なもの」として強調されていたのが「REPUBLIC OF CROATIA(クロアチア共和国)」。なるほど、と思った。イングランドが前回、準決勝に進出したのは1990年イタリア大会。この時、国家としてのクロアチアは、まだ存在していなかった。

 クロアチアが旧ユーゴスラビア連邦から独立したのは91年。独自のナショナルチームが最初の国際試合を行ったのは、前年の90年である。92年にはFIFA(国際サッカー連盟)、93年にはUEFA(欧州サッカー連盟)が承認(いずれも紛争中のことだ)。初めての国際舞台となったのは、96年にイングランドで開催された欧州選手権(ユーロ)で、この時はベスト8に進出。そして2年後の98年、フランスで開催されたW杯では準決勝でフランスに敗れたものの、3位決定戦ではオランダに勝利して初出場ながら3位に輝いた。

 W杯の7試合を勝ち抜いて優勝するには、ただタレントをそろえて優秀な監督を招へいすれば済む話ではない。やはりそこには、整備された国内リーグと育成システム、十分な国際経験、それらを下支えするガバナンス、そしてメディアを含む国民的なフットボールのリテラシーが不可欠だ。そしてそれらは、長い年月をかけて育まれていくものでもある。30年の第1回大会からW杯に出場しているフランスも、初めて決勝に進出するまで68年かかった。そう考えると、建国からわずか27年でW杯のファイナルにまで到達したクロアチアの偉業が、いかに歴史的に意義深いものか理解できよう。

カンテを下げてから攻撃が活性化したフランス

グリーズマンのFKがオウンゴールを誘い、先制したフランス。4−2で試合を制し、20年ぶりの優勝を果たした 【写真:ロイター/アフロ】

 ファイナルを彩るセレモニーののちに、元ドイツ代表主将のフィリップ・ラームがW杯トロフィーをお披露目して、いよいよキックオフ。前半はセットプレーから3ゴールが入る、意外な展開となった。まず前半18分、フランスがペナルティーエリア右からFKを獲得。アントワーヌ・グリーズマンのキックに、マリオ・マンジュキッチがヘディングでクリアを試みるも、これがオウンゴールとなってフランスが先制する。クロアチアも28分、ルカ・モドリッチのFKからシメ・ブルサリコが頭で折り返し、さらにドマゴイ・ビダが落としたところをイバン・ペリシッチが左足を振り抜いて同点とした。

 当初はフランス有利と思われたゲームだが、クロアチアも決して負けてはいない。これは好ゲームになるかもと思った前半35分、ペナルティーエリア内でペリシッチの手にボールが当たったとフランス側が主張。VARでの審議の結果、フランスにPKが与えられる。キッカーはもちろんグリーズマン。これを冷静に決めて、フランスが勝ち越しに成功する。ペリシッチのハンドについては、ふいに目前にボールが現れた形で触れているため、やや厳しすぎる判定だったようにも思えた。いずれにせよ、前半のシュートがわずか1本ながら、フランスが2得点を挙げるという不思議な展開で前半は終了した。

 フランスのディディエ・デシャン監督が、最初のカードを切ったのは後半10分であった。今大会、守備で貢献していたエンゴロ・カンテを下げて、197センチの長身MFスティーブン・エンゾンジを投入。カンテはモドリッチのマークに付いていたが、前半27分にイエローカードをもらっていた。そのリスクを勘案するとしても、この時間帯でカンテを下げるのは相当な覚悟だったと思う。結果として、モドリッチはより自由にプレーできるようになったが、高さとビルドアップ能力のあるエンゾンジが入ったことで、フランスの中盤はより流動的なものとなってゆく。

 この交代から4分後の後半14分、フランスに追加点が入る。右サイドを駆け上がったキリアン・エムバペの折り返しをグリーズマンが落とし、ポール・ポグバがシュート。いったんはブロックされるが、すぐに自ら反応して左足でネットを揺らした。さらに20分には、リュカ・エルナンデスの左からの折り返しに、エムバペが巧みなボールさばきでコースを作り、決定的な4点目を挙げる。クロアチアも後半24分、バックパスを受けたGKウーゴ・ロリスのボールをマンジュキッチが奪ってゴール。しかし反撃もそこまでであった。4−2で勝利したフランスが、98年以来2度目となるW杯優勝を果たすこととなった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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