戸田和幸の決勝レビューとW杯総括 日本が世界で勝つためには「知力」が必要

スポーツナビ

マンジュキッチが見せた飽くなき執念

既に勝敗は決したという空気が流れていた中でも、マンジュキッチは飽くなき執念を見せた 【Getty Images】

 敗れはしたものの、クロアチアも常に先手を許す展開の中、フランスのカウンターに対する恐怖を抱えながら、よく攻めに出続けたと思います。ハーフライン手前からロリスのところまで走り続けたマンジュキッチによって生み出されたクロアチアの2点目について。すでに勝敗は決したという空気が流れていた中で生まれたマンジュキッチの魂のゴールには、この選手がキャリアを通して見せ続けてきた最後まで決して諦めることのない、勝負に対する飽くなき執念を見せつけられ、あらためて畏敬の念を感じたとともに心の底から感動しました。

 最後まで勝負を諦めないクロアチアは、ブルサリコを右SBに下げて3バックとし、マルコ・ピアツァを右WBに投入。さらに攻撃のマインドを強くし、同点を目指したズラトコ・ダリッチ監督の采配でしたが、WBが本職ではないピアツァはゲームに入ることができず、また右からの高精度のクロスで数多くのチャンスを生み出してきたブルサリコが消えてしまったことでクロアチアの攻撃はトーンダウン。最後の望みを託した交代は機能せずでしたが、やるべきだと思ったことは全てやり切っての準優勝、悔いはないと思います。

ここからの4年間でサッカーはどう変わる?

 これがW杯について書かせてもらう最後のコラムなので、最後に新しいテクノロジーについて。この試合でも試合の流れを変えるフランスの2点目につながるコーナーキックの場面で、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が採用され、PKの判定が下されました。今大会セットプレーからのゴールが多かったことには、この新しいテクノロジーが多大な影響を与えているのではないかと感じています。

 攻撃側に有利な、より多くの得点を、ということもあっての新しいテクノロジーの導入は、今後さらにボックス内での攻防を変えることにつながっていくと思います。大会全体を見ても明らかにボックス内での守備がデリケートでソフトなものへと変わったのは間違いなく、これからのサッカーはより積極的にボックス内へと人とボールを送り込むものに変わっていくかもしれません。

 ここからの4年間でどんなサッカーが生まれていくのか。

 攻守の戦術面の進化はもちろん、フィジカル的な要素がさらに求められる時代に入り、われわれ日本人がいかにして「アスリート」たちに立ち向かうべきなのかを真剣に考えていかなくてはならないフェーズに来ています。

 フランスはフランスだからこそ作り出せたサッカーで世界を制しました。

 その他の有力国を振り返ってみると、優勝候補と言われながら早期敗退となったドイツやスペインには明らかにマネジメントの失敗があったことが考えられます。彼らがこのままフィジカルの波にのまれていくことは考えにくく、ルイス・エンリケを新監督に迎えることが決定したスペイン、素晴らしく優秀な若手がたくさん出てきているドイツは間違いなく巻き返してくるでしょう。

 ブラジルもネイマールの長期離脱による不調、そしてダニエウ・アウベスの不在の影響はやはり大きく、準々決勝で姿を消すことになりました。とはいえ、敗れたベルギー戦でも何度となく決定的な場面を作ったことを見ても、そのレベルの高さは言うまでもないものでした。ベルギーのまさに「奇策」と呼べる特殊なオーガナイズと戦い方に前半は完全に後手を踏み、交代選手の人選とタイミングがはまらなかったことで反撃が間に合わずに敗れてしまいましたが、やはりブラジルの強さは今後も続くと容易に想像ができます。

 今回のW杯では、相手の攻撃・守備に対してより具体的なオーガナイズを持って攻略を図るといった「その試合限定の戦い方」を採用するチームがベルギーを筆頭にメキシコ、コロンビア、スウェーデンなどいくつもありました。

日本が世界で勝つために何が必要なのか?

VARの導入は、ボックス内での攻防を変えることにつながっていくかもしれない 【Getty Images】

 今回の日本は、大会前の準備期間が足らなかったこともあったのでしょうが、見る者の心を揺さぶる戦いを見せました。一時は2点をリードしたものの、試合中に明確に変化を付けたベルギーに逆転を許して敗れてしまったロストフでの試合だけではなく、グループリーグ最終戦でも左のカミル・グロシツキを右に置いたポーランドの高速カウンターに、対応することができず、ハーフタイムを挟んでからも全く修正することなく敗れてしまった、という事実を忘れてはなりません。

 身体的な強さや速さはもちろんのこと、戦術面でもさらに複雑化しており、とどまることなく進化のスピードを上げるサッカーに何としてでも食らいついていきながら、日本としてどういった選手を育成し、世界のトップレベルに挑んでいくのか。

 決勝トーナメントに進んだという結果だけをもって、日本サッカーは正しい方向に進んでいるという安直な結論を導き出すことなく、クラブレベルの世界のトップでは何が行われているかをつぶさに観察し、丁寧に分析し、われわれ日本人として持つ肉体的なポテンシャルに対し、世界のトップに近づくためにはどんな強化の方法があるのかを探り、徹底して強化を行うことが重要です。

 それと同時進行で、ヨーロッパに出ずともサッカーの理解が高まり、ヨーロッパに出てからの適応がスムーズに行えるための一定レベルの戦術的知識や理解力、そして対応力を兼ね備えた選手を育成できる環境整備が必須となります。「個」の概念の中には「知識」も含まれるということを念頭に置いた指導が必要で、ヨーロッパに出てから頭の中をゼロから再教育してもらうようでは遅すぎます。

 今大会をもって代表監督を退くことになった西野朗監督は「これからの世代にはタレントが多く、間違いなく世界で通用する」という言葉を残していますが、今回のW杯にリオ五輪に出場した選手が1人もピッチに立つことなく終わったという事実を考えた時に、これからの若い選手たちが本当にインターナショナルレベルで闘える選手になっていくことができるのかどうか。

 堂安律や中島翔哉のような若くして欧州でキャリアを築き始めた選手が出てきたことは非常にポジティブなことですが、GKも含め全てのポジションにおいて、そういった選手たちを今後も継続して出すことができるのかどうかが、日本の未来のカギを握っていると言えます。さまざまな要素を含んだ「個」の育成・強化は絶対的必須条件、国内リーグのレベルアップはもちろんのこと、日本にいてもインターナショナルレベルの選手を育てられる環境整備と指導者の育成により一層力を注ぐ必要があると思います。

 サッカーは体力、技術とともに「知力」も必要とされるスポーツです。

 われわれ日本人は体力面の劣勢をできる限り埋めるための努力が、今後さらに求められると思いますが、技術はもとより「知力」に対してより力を注いでいくことが世界の舞台で勝つためには必要になるのではないか。今回現地で世界トップの戦いを観させてもらった者として、強く感じたW杯となりました。

3/3ページ

著者プロフィール

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント