日本にとって学び多き3位決定戦 日々是世界杯2018(7月14日)

宇都宮徹壱

得点王争いの懸かる3位決定戦

ベルギーとの3位決定戦を見守るイングランドのサポーター 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)31日目。この日はサンクトペテルブルクにおいて、ベルギーとイングランドによる3位決定戦が行われる。くしくもグループGの第3戦以来となる両者の対戦。この時はアドナン・ヤヌザイのゴールでベルギーが1−0で勝利し、グループステージを1位で突破している。今回のトピックスは、やはり大会得点王をめぐる争いであろう。試合前の時点でイングランドのハリー・ケインが6ゴール、ベルギーのロメル・ルカクが4ゴール。ノックアウトステージではゴールがないルカクだが、この3位決定戦でケインにキャッチアップする可能性は十分にあり得そうだ。

 両チームのモチベーションはどうか? その点については、さほど心配しなくても大丈夫だろう。ベルギーは1986年のメキシコ大会、イングランドは90年のイタリア大会以来となる3位決定戦だが、どちらも4位に終わっている。そしていずれも、非常に記憶に残るゲームであった。86年大会のベルギーは、フランスと対戦して延長戦の末に2−4という派手なスコアで敗戦。また90年大会のイングランドも、地元イタリアに1−2で敗れたものの、実にオープンでスリリングなゲームを見せてくれた(PKによる1ゴールで終わった、西ドイツ対アルゼンチンの決勝と比べればなおさらである)。

 果たして、史上初となる3位の座を射止めるのはベルギーか、それともイングランドか。実はこのゲーム、私はスタジアムではなくファンフェストのPV(パブリックビューイング)で観戦することとなった。理由は、単純にキックオフの時間を間違えてしまったからである。メディアセンターで待ち合わせをしていた同業の友人から「今、どこにいます?」との連絡が入り、慌ててFIFA(国際サッカー連盟)のサイトを見て顔面蒼白。キックオフまであと1時間しかない。ならばとばかりに記者席の予約をキャンセルし、ファンフェスト会場の取材に切り替えることにした次第である。

 会場のコニュシェンナヤ広場には、キックオフ直後に到着することができた。実はファンフェストを取材するには、スタジアム取材とは別のAD(アクレディテーション=取材)カードが必要なのだが、すでに全会場共通のADカードを作っておいたのが幸いした。厳重な警備網を一気にくぐり抜け、メディア専用の入場口から会場に入るやいなや、大型モニターを見上げる。ベルギーが黄色、イングランドが赤。どちらもセカンドユニホームを着用していたので、状況を把握するのに少し時間がかかった。ようやく目が慣れた前半4分、出場停止が明けたトーマス・ムニエのゴールが決まり、ベルギーが先制する。

ベルギーとイングランド、それぞれから学ぶべきもの

サンクトペテルブルクのコニュシェンナヤ広場でのファンフェストは大盛況 【宇都宮徹壱】

 前半は、どちらからも「チームメートを得点王にしたい」という思いが感じられ、ケインとルカクにボールが集まっていた。しかしルカクは後半15分、ドリース・メルテンスと交代。ここで得点王への挑戦は終わった。一方のケインもフル出場を果たしたがゴールならず。ベルギーは後半37分、エデン・アザールの決定的な2点目が決まる。そして、タイムアップ。2−0で勝利したベルギーが初のW杯3位の座を獲得し、若きイングランドは28年ぶりの4位で今大会を終えることとなった。

 今回の3位決定戦を観戦していて、ラウンド16を突破できなかった日本のことを久々に考えてみた。というのも、ベルギーが今大会で見せていたサッカーは、日本の指標となり得る要素が詰まっていると感じたからだ。1対1の局面での打開力しかり、効率性を芸術的な域にまで高めたカウンターしかり。状況に応じた柔軟なベンチワークしかり。それらが、世界の強豪国と対戦するためにいかに有効であるか、彼らは今大会で明快に示した。そして、攻守の切り替えに連動した可変式3バック。もし森保一コーチがA代表の監督を兼任するなら(いわゆるミシャ式とは少し異なるが)、参考になる部分もあるのではないだろうか。

 一方でイングランドからも、日本が学ぶべき点は少なくない。U−17やU−20のW杯で経験を積んだタレントが、20代前半でA代表の主力となっていく構図は、まさに育成の理想的な形である。そんな彼らも、全員が育成エリートだったわけではない。守護神のジョーダン・ピックフォードや得点王目前のケインは、それぞれ5部や3部でのプレー経験を経て今がある。日本でいえば、地域リーグやJ3でプレーしていた選手が、W杯に出場するようなものだ。下部リーグの充実があるからこそ、ダイナミックな選手の循環が生まれる。そこに、フットボールの母国の奥深さと歴史の厚みを痛感せずにはいられない。

 もちろん、日本が今すぐベルギーやイングランドになれるわけではないし、何もかも模倣すれば良いという話でもない。日本が本来持っているストロングな部分は、今後も伸ばしていくべきだとも思う。だが、どんなにラウンド16で接戦を演じたといっても、ベルギーと日本との間には、やはり超えがたい差があったことは認めなければなるまい。そこから、4年後に向けた新たなプロセスが始まる。そして今大会も残すところ、ルジニキ・スタジアムでのファイナルを残すのみとなった。私も早朝の列車で、これからモスクワを目指すことにしよう。キックオフは現地時間18時。今度は、絶対に間違えない。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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