戸田和幸がW杯準々決勝を徹底分析 ブラジルを惑わせたベルギーの「奇策」

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ベルギーの守備、ブラジルの攻撃メカニズム

 ここで守備に話を戻しましょう。先ほど「ほぼ」マンマークと書いたフェライニとシャドリの守備についてですが、彼らはどこまでも決められたマーカ―に付いていくことはせず、コウチーニョやパウリーニョが低い位置まで下がってボールに触る場合はあえて離し、自分たちの「4−3」の形を保つことに専念しました。

 そもそものプランがミドルゾーンからのカウンターではなかったベルギーにとって、ブロックの外側に「逃げてくれる」動きは歓迎すべきものだと考えていたのではないかと思います。その上でボックス前に人垣を作り、入って来るボールはしっかりと跳ね返し、前線のカウンターに託す。こんなことを考えていたように見えました。

 ディフェンスのホットゾーン、ボールゲインのデータを見てみると、ベルギーのボール奪取エリアはボックスの「中」が多かったということが分かります。その理由は既に書いたように「高さ」「左に偏る攻め」「右はウィリアンの単独突破」といったものが考えられます。

ボールを奪ったエリアのシェア 【データ提供:データスタジアム】

 前半のブラジルが攻めあぐね、さんざん危険なカウンターを受けることになった背景には、4−3の2ラインで構えるベルギーに対してブロックの外側にしか人がいない状態で攻撃を行ってしまったことが挙げられると思います。左サイドからの攻撃がメーンのブラジルですが、攻撃における左右のバランスはどうなっていたか。

 今大会、マルセロが出場した3試合で見てみると、スイス戦(左44%、右27%)、コスタリカ戦(左46%、右29%)、そしてベルギー戦(左55%、右31%)と基本的に左に寄ったバランスとなっていますが、ベルギー戦に関しては特にその数字が上がっており、ピッチ中央からの攻撃がほとんどできなかったことが分かります。

 ベルギーの4−3で構える守備ブロックの周り、特に左サイドでのプレーが続いたブラジルですが、なかなかボックス内に入ることができず、ムニエとフェライニの2枚でボックス幅に壁を置いたベルギーの守備に亀裂を入れることができない時間が続きました。

 反対に右からの攻撃はというと、例えば前半16分に左サイドのコウチーニョからフェルナンジーニョ、そしてボックス幅で待っていたウィリアンへと展開されましたがファグネルはオーバーラップせず、遅らせられてしまいチアゴ・シウバにバックパスという場面がありました。

 この時、ファグネルがどこにいたかというと、攻め残りするE・アザールのマークをしていました。これはおそらく、チッチ監督からの指示でE・アザールをマークしていたと思いますが、マルティネス監督からすれば狙い通りの攻め残りだったと感じました。

 ブラジルの不安定な前半は、ルカクの攻め残りによってマルセロがフリーで攻撃に参加することができたものの、ブロック外からが多くなってしまった左サイドの攻撃に加え、パウリーニョがボックス近くまで出ていくため、フェルナンジーニョの周りに誰もいない状況が数多く生まれてしまいました。

 右サイドのウィリアンはベルトンゲンに対して優位性を保っての仕掛けが多かったものの、縦突破からのクロスが想定内だったベルギーはクリアからのカウンターアタックを狙い、ミドルゾーンで食い止めることがほとんどできずにゴール前まで運ばれ、左右の攻撃から決定機に近い形を何度も作られてしまいました。

 E・アザールは左からワンツーもしくは独力での突破で中央ゾーンまで運び、ルカクも同様に右サイドから内側に運びチャンスを作りました。そして幾度かのカウンターを見せてきた中、前半31分にはブラジルのCKからのカウンターで追加点を奪うことに成功します。

 ボックス内に入ってきたボールをトビー・アルデルワイレルトが大きく跳ね返すと、ルカクがフェルナンジーニョをブロックし、キープしたところから電光石火の一撃。ハーフライン付近でもう一度フェルナンジーニョを見事なステップでかわすと、スピードを落とさずに運び右前にいたデ・ブライネへパス。デ・ブライネにボールが渡った時には既に右外にムニエが駆け上がっており、ムニエによってマルセロのポジションがやや外に動いた瞬間、デ・ブライネが右足を振り抜きました。

 フェルナンジーニョのところで「2度」ベルギーのカウンターを食い止めるチャンスがありましたが、ファウルすることもできずに喫した2失点目が、最終的にはものをいう形となりました。

「攻め残り」を許されたアザールとルカク

ベルギーはエースで10番のアザールを攻撃に専念させた 【Getty Images】

 ベルギーは後半に入ると相当に攻め込まれ、苦しい時間帯が続きましたが、それでも時折見せるカウンターは威力十分。また、E・アザールのキープ力、運ぶ力はすさまじく、ブラジルはファウルでしか止める術がありませんでした。

 この試合でも大きなインパクトを残したE・アザールのパフォーマンスレベルが最後まで落ちなかった理由に、走行距離の少なさが挙げられると思います。常に攻め残りを許された彼とルカクは、チームメートが必死に守備をする間はエネルギーを蓄えることに専念、いざ攻撃の局面が訪れたらフルパワーでボールを保持しゴールを目指しました。

 この試合でのE・アザールの走行距離は8・9キロ、ルカクに至っては6・3キロという記録が残っていますが、余計なエネルギーは使わず攻撃の局面に限定して走ったということがよく分かる数字だと思います。

 一方、もう1人の「攻め残り」役のデ・ブライネは11・8キロ。E・アザールとルカクの「非ボール保持時」の走行距離が3・1キロと2・1キロに対し、デ・ブライネのそれは4・99キロでした。デ・ブライネという「知」の天才が、攻守両面においていかにボールを持っていない時に走りながらカウンターでも力を発揮したのかが分かるデータです。そしてビツェル、フェライニ、ムニエの3選手は、デ・ブライネよりさらに多い5キロを超える「非ボール保持時」の走行距離を記録しています。

 E・アザールとルカク以外の全員が「ボール保持時」より「非ボール保持時」の走行距離が多かったというデータを見ても、ベルギーがいかにブラジルをリスペクトし、特殊な守備戦術も駆使しながらこの試合を戦ったのかがよく分かります。

 ブラジルは後半に入ってからの攻撃も実らず敗れることとなりましたが、やはりアウベスが不在となったことで生まれたプレーモデルの変化、それによって引き起こされた左右のバランスの偏りと、ネイマールの調子が上がり切らなかったことがベルギーに若干の戦いやすさを与えてしまったと感じました。

 大会直前のクロアチア戦の後半から復帰し、なんとか大会に間に合わせたネイマールでしたが、うまさは際立ったものの、やはりゴールに近づいた局面でのキレ、決定的な働きは各試合を見ても絶好調時とは比べられず。圧し掛かるプレッシャーも影響したと思いますが、歯を食いしばり余裕なくプレーするネイマールを見るのはつらかったです。

準決勝はベルギーの「隠れたキーマン」が不在

準決勝フランス戦は右サイドのキーマンであるムニエ(右)が出場停止 【写真:ロイター/アフロ】

 つまるところ、そのチームには中心選手がいて、その選手がどれだけの違いを見せられるかがチームの浮沈には大きな影響を及ぼします。アルゼンチンも、ポルトガルも、ウルグアイも、そしてブラジルも。既に大会を去ることになったこれらの強国にも必ずビッグプレーヤーと、彼らをサポートするメンバーがいて、チームが成り立っているわけです。

 ビッグプレーヤーを生かすためにはまずチームの存在が必要になりますが、チームがあったとしてビッグプレーヤーが違いを生み出すことができるかどうかで結果は大きく変わります。ブラジルを相手にベルギーが3枚を前線に残す戦い方を選択することができたのも、E・アザール、ルカク、デ・ブライネというビッグプレーヤーがいたからこそです。

 そして、その3人が見事にワールドクラスのパフォーマンスを披露したからこそ、4枚のディフェンスの前に3枚のMFという「非論理的」な守備が成立したと思います。

 勝負はいつでも紙一重です。

 この試合でも序盤に迎えた2つの決定機をブラジルが先にものにしていれば、勝負は全く別のものになったと思います。そしてもしコスタの投入が後半の頭からだったら、ベルギーの守備は最後まで持ちこたえることは難しかったと思います。

 全ては紙一重で決まるトップレベルの戦いにおいて、ベルギーが見せた「奇策」は確実にブラジルを混乱させ、その間に奪った2得点が試合を決めました。準決勝でフランスと戦うベルギーにとっては、E・アザールのパスが引っ掛かってしまったために、一度駆け上がったところから全速力のスプリントで戻り、ブラジルのカウンターをファウルで止めたことで出場停止となってしまったムニエの不在がどう影響するか。

 実はベルギーの隠れたキーマンであるムニエは、パリ・サンジェルマンにアウベスが加入したことでポジションを奪われてしまった選手です。悔しいシーズンを送ったムニエの今大会でのパフォーマンスレベル、貢献度の高さは素晴らしいものがあります。

 そのムニエの尽きることのないランニングがベルギーの生命線だったことを考えると、準決勝のフランス戦に誰を選び、どのようなプランで臨んでくるのか。マルティネス監督の采配に期待したいと思います。

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